30年以上前から忘年会スルーを実行 若者よ、堂々と忘年会を欠席せよ!

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 最近、SNSで「#忘年会スルー」がトレンドになっているという。12月9日放送のNHKニュース9でも若者の忘年会離れが取り上げられた。実は僕は30年以上前から忘年会スルーを実行していた。当時は「協調性のない奴」と陰口を叩かれていたようだが、ようやく時代が僕に追いついてきたようだ(笑)。だから今の若者に言いたい。「忘年会なんて行く必要ない!」。

■忘年会が1泊旅行、今では考えられない1985年の状況

NHKの画面から

 僕が日刊スポーツ新聞社に入社した1985年、配属された部署(編集局レース部)では伊豆箱根方面で、泊まり込みの忘年会が行われていた。ベテラン社員はこれを楽しみにしていたようで、既に退社したOBまで参加していた。

 もともと、僕は社内の人間とは個人的な付き合いはほとんどなかった。仕事が終わればプライベートな時間と割り切っていたし、仕事以外の場で会社の人間と会いたくないというのが正直な思い。それでなくても休日が少ない新聞記者、こんなことで貴重なプライベートな時間を取られたくないのは当然であろう。

 しかし、戦中・戦前生まれの人間が職場の半分以上を占めている状況では、僕のような人間はエイリアン扱い。昭和はそういう時代だったのである。

■忘年会への出席は仕事、しかし交通費は支給せず

 1985年の忘年会は交通費は自己負担。当日は僕は休みだったのに当時の部長から「これは仕事だ」と出席を命じられたので、仕方なく出席して食べる物だけ食べて後は部屋で寝ていた。東京に戻ってから交通費の請求の伝票を提出したところ、部長は出された伝票をどうしていいのか分からなかったようで、しばらくして編集局次長が僕に「忘年会への出席は仕事だが、交通費の請求は認めない」と言ってきた。

 仮に宿泊先で事故が起きた場合、労災はおりるのだろうか(笑)。総務に申し入れてとことん争ってやろうかと思ったが、バカバカしいのでやめた。

■胸を張って忘年会欠席しよう

 翌1986年は自動車で行って、乾杯だけしてすぐに東京に戻った。1987年からは「仕事があるので」と言ってほとんど出ないようにしていた。そこまで徹底すると「松田はそういうヤツだから」みたいな感じで、上司も何も言わなくなってくるものである。

 そういう時代から30年以上経って、ようやく僕のような考えの人が声を挙げ、行動に移しているのは嬉しい。仕事と私生活は分けて考えなければならない。忘年会もやりたい人が、お金を出し合ってやればいい。単純な話である。だから、今の若者には「胸を張って忘年会を欠席せよ」と言いたい。一人一人の行動が社会を変えていくのである。

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