ミャンマー女子留学生の涙 東京で流れたガバ・マ・チェ

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 先日、教えている留学生のクラスにおける1年間の最後の授業で、ミャンマー人の女子学生が教室の前で涙を流す”事件”があった。講師である僕も思わずもらい泣きしそうになってしまった。なぜ、彼女が泣いたのか、その事情をお伝えしよう。

■学期の最後に成績優秀者発表

 僕が教える専門学校は単位制を採用、前・後期の期末試験があり、そこで成績評価を行っている。成績が悪い場合は進級できない場合もあるため生徒は必死に取り組んでいる。

 僕は答案を返却する際には、パソコンで製作した成績上位者の紹介画面をテレビモニターで公表している。具体的にはkey note(windowsのpower pointのようなソフト)で上位数名の成績順位を示したものを1人ずつ発表したものである。順位と名前を発表する度に生徒から歓声と拍手が起き、学期最後の授業らしい盛り上がりを見せる。

■1位はミャンマーからの女子学生

第1位はミャンマーからの留学生Kさん

 それはある留学生のクラスでのことであった。僕はいつものようにショーアップの目的から多少”もったいをつけて”1人ずつ発表していった。留学生クラスということもあり、順位、得点と同時に、国旗も示した。具体的には示した写真のようなものである(生徒の名前は加工処理した)。

 4位、3位、2位と発表して残るは1人となり、教室内がざわつく中、第1位を発表。今学期のトップはミャンマーからやってきたKさんという20代前半の女性だった。Kさんの名前がモニターに現れるとKさんは少し驚いた様子の後、満面の笑みを浮かべ、同国の友人からは「キャー」という感じの歓声。感激の瞬間である。

 僕はKさんに前に出てきて一言述べるように言い、Kさんは他の学生の前で「頑張ってよかった。嬉しいです」という趣旨の話をした。

■留学生クラスだけの表彰式

表彰式で用いた画面、右上がミャンマー国歌の動画

 日本人クラスであれば、そこで終了であるが、留学生クラスということで特別に表彰式を用意していた。それは出身国の国旗を掲げ、国歌を流すというものである。それもパソコンで予め製作しておいた。

 僕はKさんに前に出たまま残るように言い、他の生徒には「表彰式を行いますので、ご起立をお願いします」と言った。

 (表彰式までやるの?)という感じで苦笑していた生徒たちだが、皆、協力してくれた。その中で、中国人の男性がいつものように帽子を被ったままだったので「これからミャンマー国歌(ガバ・マ・チェ)を流しますので、脱帽してください」と言って、帽子をとってもらった。

 そのあたりから生徒が(先生、本気なんだ)みたいな空気になり、表情から笑いが消えた。僕は「Kさんの栄誉を称え、ミャンマー国歌を流します。モニターのミャンマー国旗にご注目ください」と言い、予めYou Tubeからダウンロードしておいたミャンマー国歌を映像付きで流した。

 僕にとっては外国の国歌ではあるが、優秀な生徒を送ってくれたミャンマー連邦共和国への感謝の思いも込め、右手で左胸を抑え直立不動でミャンマー国歌を聞いた。僕のそうした様子を見たのか、生徒も静かに聞いてくれた。こうして、表彰式は厳粛な雰囲気の中で行われた。

 なお、右上の少し暗くなった部分が国歌の動画である。

■腰を直角に曲げたKさん、そして…

 ミャンマー国歌の演奏が終わり、横を見ると、Kさんが僕の方を向いて腰を直角に曲げている。そして「ありがとうございました」と言うので、僕も「Kさん、おめでとう」と返した。

 Kさんが頭をあげると、顔は涙でグシャグシャだった。それを見て僕は絶句。しばらくして「よく頑張ったね、本当におめでとう」と言ったが、その時には僕も涙がこぼれてしまいそうになった。生徒を喜ばせようと思って始めた表彰式で講師が落涙寸前という考えもしなかった結末となったのである。

■東京での日々を思い出してくれれば本望

 Kさんはなぜ、泣いたのだろうか。遠い異国の地からやってきて頑張れた自分に感激したのか、それとも自国の国歌を東京で聞いたことの感激なのか、それは僕には分からない。

 ただ、この先、彼女はこの日のことを覚えていてくれるかもしれないと考えると、胸に迫るものがある。30歳、40歳になった彼女が東京での生活を振り返った時、教室で流れたミャンマー国歌を思い出してくれたら、日本人としても嬉しいではないか。

"ミャンマー女子留学生の涙 東京で流れたガバ・マ・チェ"に8件のコメントがあります

  1. MR.CB より:

    》》ジャーナリスト松田様

    日本語学校のことは良く知りませんでした。

    松田さんの生徒に向き合う姿勢は素敵です。

    「日本語教師」

    日本語だけではなく、日本の文化、そして日本人の考え方

    を訪日された方々に、正しく伝えるお仕事であって欲しい

    です。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 matsuda より:

      >>MR.CB様

       コメントをありがとうございます。
       異文化との交流は、相手の文化、価値観への尊重、尊敬をベースに考えて仕事をしています。
       ミャンマーの学生は総じて真面目で成績もいいです。

       これからも授業を通じて、いい交流ができればと思います。

  2. 野崎 より:

    いや、一生の思い出でしょう、この若い女性がその後の人生を生き抜き、そして今際の際にも思い出すかもしれない、自分の人生を振り返り、、

    娘さんの涙は留学先でよい成績を収め評価されたという単純な喜びではないものを感じます

    この記事から地球市民などという欺瞞の言葉ではなく、昔よく聞いたインターナショナリズムという言葉が浮かびました、娘さんもそれを思ったことでしょう。
    最敬礼とその涙は自分のことだけではないとの思いを感じます。

    この娘さんには、
    単に一つの思い出としての出来事ではなく、夢を抱いて来日し、おそらくは奮闘した日々、
    ある成果を生み出し、それを評価された喜びは成功体験などというものではなく、
    国を超えての邂逅という人の力を超えた導き、その力を無意識のうちにも感じ取れる優れた資質がある様に思います。

    それ故、己の人生を信じ、さらなる力を湧きあがらせ、その後の人生を切り開いてくれたこと、いずれ来し方を振り返れば、そういう思い出として蘇るでしょう。

    オリンピックで金メダルを取った選手の表情、外国女性でした、一位の表彰台に上がり、その顔のアップ。
    流れる国家、瞬きもせず虚空を見つめる目に一筋の涙が流れるのを見たことがあります。

    金メダルを取得した選手の心理、その後の軌跡に関し興味深い解釈を若い頃読みました。
    ああ、もうこれで死んでもよい、と思う頂点の喜び、だが時と共にだんだん希薄になっていく、全力を傾注して己の望みを成し遂げた者は、ある意味呆けたようになってしまう。

    金メダルを取った喜びは、ミャンマーの若い娘さんの喜びとは基本的に違う。

    己の力、能力を他者に顕示したい、賞賛を浴びたい、他者と競い合いたい、勝利したい。
    という要素がある、いわば欲望、よく言えば夢、、
    相対的なもの、欲望という煩悩であるが故、得たその価値は時として変化する、たとえ金を取ったとしても場合によっては負のものをもたらす。
    先に記した純粋行為とは異なる。

    ミャンマーの若い娘さんにも、その要素はあるでしょう、しかしやはり違う。
    だれに見せるためでもない賞賛を得たいためでもない、自分の為、自分の人生を切り開いて行くための日本という国を選び、この地での独りきりでの戦いだった、、
    それを賞賛、表彰され望外の喜びだったでしょう。

    松田さんらしいですね、感服しました、学生時代の愚劣な教師達の顔が浮かびます。

    クリスチャンスクールに学びましたが、聖書にある黄金律と呼ばれる、これを行えば人生は好展開して行くとされる他者への接し方、生きる生き方。

    松田さんは、それを知らずとも体現されていると思います。
    黄金律が実行できないのならば、消極的な、己の欲せざることを人に施すことなかれ、これでも人生に良きものを多くもたらすと若い人達に語っています。

    年を取ると諦観、諦念を持つものですが、そのような思いの中、決して大げさではなく、人は生きる意味があると思う記事でした。

    御返信は不要です。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 matsuda より:

      >>野崎様

       ミャンマーのKさんが、この先、教室で流れた国歌を日本での良き思い出として回想するようなことがあれば、光栄というものです。

       相手の国への尊重、尊敬の念が異文化交流の基礎だと思っています。また、国歌や国旗に対する敬意は誰しもが持たなければいけないと思っています。日の丸や君が代に敵意を示す日本人の教員や活動家は少なくありませんが、僕からすればクレイジーです。

       当たり前のことを当たり前にするを心掛けて、これからも仕事をしていこうと思っています。

  3. ケン より:

    松田さん 心温まる記事、心温まるコメントですね。この経験は、Kさんにとって、大切な青春の1ページになった思います。彼女が年老いた時、セピア色に彩られた記憶として、時折思い出すんじゃないかなぁ。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>ケン様

       コメントをありがとうございます。

       一般的な話としてミャンマーから来る学生さんは真面目な方が多いです。記事のKさんも必死に日本語を勉強して、1年で随分と上達しました。

       ミャンマーは今、大変な時期ですが、留学生たちが母国を気にしながら日々勉強をしている姿を見ていると、(留学の受け入れ先としてできることを精一杯してあげたい)と思います。

  4. 名無しの子 より:

    日本が大好きで、いつも日本のために素晴らしい記事を書いてくださる松田様。でもちゃんと、異文化も認めていらっしゃるところが、より素敵です。松田さんの思いやり溢れる行動が、一位の生徒さんだけでなく、帽子を脱いだ中国人学生にも伝わりますように。
    専門学校の一人の先生の行動が、未来を背負う外国人の若者たちに、日本は素晴らしいところなんだと感じさせたとしたら、本当に意義のあるお仕事をされていると感じます。ありがとうございます。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>名無しの子様

       コメントをありがとうございます。

       そんなに持ち上げないでください(笑)。大した人間ではありませんので。

       留学生にも教えているのですが、文化の違いに戸惑うことは多いです。ただ、基本的に海外で学んで自分の人生を切り拓くという覚悟で来ていますから、真剣な学生がほとんどと言っていいでしょう。特にミャンマーの学生は真面目と感じます。

       彼らにとって日本でいい思い出を作り、日本という国に親しみを感じてくれるようになってくれれば、僕なりの社会貢献が出来るかなと思っています。

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