「右の陰謀論」の衝撃-米大統領選の変な余波

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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◆妄想は「左」だけではなかった

 私は、この現象が、いわゆる「右」、どちらかというと保守層の間で起こったことに驚いた。私は、日本を守りたいという視点から、東京電力の原子力事故での放射能による健康被害をめぐるデマ、沖縄の安全保障をめぐるデマの打ち消しに、ネット言論上で参加した。すると左派や政治活動家からスラップ訴訟を含む変な攻撃や批判を受けた。その場合に、どちらかというと「右」の人たちが私を支援し、左の人の政治バイアスを批判してくれた。

筆者は沖縄の安全保障問題でも論争に参加(焼失した沖縄の象徴・首里城、2011年撮影・松田隆)

 原発事故や沖縄の問題で、私は事実を示せば、陰謀論、デマ、妄想など消えるものだと思っていた。確かに長期では事実の前に消えるのだが、短期では消えない。歪んだ政治的なバイアスを自分の利益(金や政治的立場)のために、拡散し続ける人がいた。そしてその周囲に、そうしたデマに躍る人がいた。このデマ騒動では「左」界隈が、利益を得る人、躍る人の中心だった。

 私は「右」「左」という50年前の分類ではなく「リアリスト」と「ドリーマー」(きれいな言葉だが正確にいうと「お花畑のおばかさん」とその背後にいる怖い人)の戦いが、今後激しくなると考えている。そして傾向として「右」や「保守」の人に、リアリストが多いと思っていた。しかし夢と現実を区別できない人は、「右」と「左」双方にいると(考えてみると当たり前だが)確認できた。

 そして尊敬しているまともな保守系の論客が、おかしな行動をしたことに衝撃を受けた。某有名作家は時々、「トリックスター」(おとぎ話などで、状況をかき乱す登場人物)のような動きをするが、この争いでもその役割をした。また社会問題で常に冷静な対応を呼びかけてきた女性ジャーナリストや、私と同じ言葉を使い「現代はドリーマーとリアリストの戦い」と現実を分析してきた作家が陰謀論を拡散し、他者を攻撃したように見えた。いずれも私は高く評価し、尊敬してきた人で、私は悲しかった。

 ネットメディアの世界は最近、「やめ朝日・毎日」の人が増えて威張り、プラットホームが米国や韓国資本が強い影響を持つためか、リベラル系の影響が強くなって、米国のように政治バイアスがかかり始めたように見える。対抗する右の陣営は、バランスの欠いた右派企業の支援や、宗教団体系のネットメディアが目立つ。そういうネットメディアが、「右の陰謀論」を拡散した。それを「左」は喜び、「普通の人」「中道」「リアリスト」が、逃げ、引いているように見える。この状況は、バランスの取れた言論、そして私が立つ「リアリスト」の立場からも良いこととは思えない。

◆「なんでこんなことになったのか」不幸の先の考え方

 ただし最近、こうした陰謀論が日本でも流行る素地はあったと思う。コロナウイルスという責任のない問題で、私たちの生活が激変した。地道な努力の成果が、自分たちのせいではないのに吹っ飛ぶ。そもそも人生は厳しいものでなかなか思い通りにいかないし、日本も経済成長せず、一般人には恩恵がない。「上級国民」や「外国人」など、社会に特権を持つように見える人たちがいる。「何かがおかしい。苦境に陥っているのに、利益を得るずるいことをしている奴らがいる」。こうした視点で社会を見て、世の中にある不条理に腹を立てたくなる。私(筆者)もその一人だ。

 そこに、問題を解明する答えが示される。(右からは)「左翼」「闇の政府」「共産主義」「北朝鮮」「中共」「パヨク」「外国人」、(左からは)「自民党」「日本会議」「アベ」「スガ」「ネトウヨ」、(左右ともに)「竹中平蔵」「新自由主義」「市場原理主義」という「敵」の単語が散りばめられた陰謀論だ。私だって、たまに飛びつき、左を笑う。

 そうした疑問は当然のものだ。しかし、普通の人はそういう疑問を現実で揉まれて修正し、社会観を作っていく。けれども、飛びつく先が陰謀論で、そこでぐるぐるとおかしな思考で回り始める人が多いことは問題だ。

 最初は批判で溜飲を下げることにすぎないが、多くの場合に次の段階で、名指しされた敵への攻撃が始まる。そして社会が混乱する。その動きは回り回って、自分も傷を負う。戦前の日本、ナチス・ドイツ、左では共産主義のプロパガンダと、悪い例は山のように歴史の中に存在する。

 現代でも問題だ。米国では、今年1月の死者5人を出す連邦議事堂占拠事件まで発展してしまった。今ある右の陰謀論とネットの内ゲバが、変な方向に走り出さないように警戒が必要だろう。

◆ヒラリー流の「バカにした批判」は役に立たない

 では陰謀論に振り回されないためにはどうすればいいのか。多くの人が様々な答えを言っている。私も即効性のある答えはわからない。だが、一つの具体的な参考になる話がある。

 2016年の米大統領選で民主党候補のヒラリー・クリントンはトランプを「陰謀論に毒されている」と批判し、トランプ支持者を「嘘を信じる嘆かわしい人々」と斬り捨て続けた。リベラル派は「その通り!」と一緒に笑った。逆にトランプ本人と支持者は激昂した。報われていない人は「エリートが私たちを馬鹿にした」、多くの人が「ポリコレおばさんにお灸を据えよう」という態度をとった。この延長線上に、今の米国の混乱はあると、私は状況を要約している。このヒラリー流のアプローチは、陰謀論を壊すために、何の効果もなかった。賢さをひけらかしたヒラリーの行為はとても愚かだった。

J・F・ケネディ大統領が好んだ警句(JFKライブラリーから)

 一つ言えることは、人間の知ることには限りがあり、自分は優れてもいないという、当たり前のことを知ることだろう。その前提から導かれる謙虚さ、寛容さが、慎重さが、問題の即効薬ではないものの、おかしな状況を変える鍵になるかもしれない。

 ちなみにバイデン次期米大統領の尊敬するジョン・F・ケネディ大統領は、 ‘Oh God thy sea is so great and my boat is so small’.  (神よ、海は広大で私の船はとても小さい)という、船乗りの祈りの言葉を、執務室に飾っていたという(J F Kライブラリー)。

 これは人間の小ささを戒める言葉だろう。ケネディも海軍士官で魚雷艇の艇長の経験があり、第二次世界大戦時に、日本海軍に撃沈されて数日漂流し救助されたことがある。そして彼は右派勢力(?)の不寛容さによって、殺されてしまう。

 この言葉に示された謙虚さが、大統領の心構えに、いや私たちの人生に必要なもので、人と無意味に争わないための第一歩かもしれない。

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