再考 非核三原則(1)金科玉条が如く

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 北朝鮮が18日、平壌近郊からICBMと思われる弾道ミサイルを発射した。頻発する北朝鮮のミサイル発射は日本の安全保障上の大きな脅威となっている。日本は本気で抑止力強化を考える時期に来ている。そのために、まず、非核三原則の見直しから始めるべきではないのか。日本の防衛を縛る原則についてその必要性を連載で追う。第1回は単なる政府の方針が金科玉条が如く昇華された経緯を探る。

■北朝鮮によるミサイル発射続く

写真は防衛省

 北朝鮮のミサイル発射について、APEC首脳会議に出席中の岸田文雄総理は米国など6か国の緊急会合に参加し、「最も強い言葉で非難する」との認識で一致したことを示した。岸田総理の話では今年に入ってから北朝鮮のミサイル発射は50発以上で、これまでにない高い頻度で発射を繰り返している。これに対して日本政府は遺憾の意、言葉による批判を繰り返すのみで、一向に北朝鮮が止める気配はない。

 力の信奉者である金正恩に「国際紛争を解決する手段として武力の行使を永久に放棄」した日本の総理大臣が何を言おうが何の効果も発揮しないのは明らか。2021年1月の時点で、北朝鮮が保有する核弾頭の数は40~50発とされる(ストックホルム国際平和研究所・Global nuclear arsenals grow as states continue to modernize–New SIPRI Yearbook out now)。これらが日本に向かって発射される可能性はあり、日本としては迎撃ミサイルで撃ち落とすか、あるいはこれから本格的に研究が進むと思われる敵基地攻撃で破壊して防ぐしかない。

 いずれも米軍との協力が不可欠であるが、忘れてならないのは、それで完全に防げる保証はないこと。北朝鮮の核弾頭が仮に50発あって、それが全て日本に向けて発射されるのは考えにくいが、仮に10発が発射された場合、敵基地攻撃と迎撃ミサイルで9発を破壊しても、残った1発が着弾すれば、多くの国民の生命が奪われ、街は破壊され、甚大な被害が生じる。

 それを防ぐために確かな迎撃体制の構築と、強力で正確な敵基地攻撃能力の保持が急がれるが、同時に、北朝鮮に核兵器の発射ボタンを押させない抑止力を高めることを忘れるべきではない。日本の場合、核による抑止力は米国頼み。しかし、日本は核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則を国是としている(2022年参院予算委での岸田総理答弁から)。米国に「核で守ってください」と頭を下げながら、「持ち込ませない」と作戦計画の手足を縛るルールを押し付けている。

 たとえば、核ミサイルを搭載した原子力潜水艦の日本への入港を認めなければ、北朝鮮の沖合での展開は時間が必要になる。相手の先制攻撃に対して、自国の核戦力の一部を残存させて報復攻撃で相手に確実に打撃を与えることで核攻撃を抑止する相互確証破壊戦略を米国が北朝鮮に対して取りにくくしている。

 仮に日本が非核三原則のうち、持ち込ませずだけでも解禁すれば、北朝鮮には相当なプレッシャーになるはず。そうした国民を守るための戦略を岸田総理は全く描いていないようである。

■いつから憲法9条レベルになったのか

佐藤栄作元総理(首相官邸HPから)

 以上のように米国による相互確証破壊戦略の一環として非核三原則を見直すことが北朝鮮を抑える有効な手段の1つであることは疑いない。では岸田総理が国是と言う非核三原則を変更することは可能なのか。

 そもそも非核三原則は法定されたものでもなく、もちろん、憲法で定められているものでもない。代々の政府が政策として引き継いできたものにすぎず、岸田総理が今日にも「非核三原則を見直します」と閣議決定すれば、見直されてしまうレベルの話である。非核三原則の見直しを口にするだけでエキセントリックな反応が出ることから、憲法9条レベルの金科玉条と考えている人が多いのかもしれないが、それは大きな間違い。

 そもそも、非核三原則を唱えたのは佐藤栄作元総理である。1968年(昭和43)1月27日、施政方針演説で「われわれは、核兵器の絶滅を念願し、自らもあえてこれを保有せず、その持ち込みも許さない決意」としたのが、スタートとされる。もっともその前年の1967(昭和42)12月8日の国会質疑の中でもこれに似た話は出されている。衆議院本会議で「政府としては、小笠原(諸島)の返還と関連して核兵器の保有をせず、その持ち込みを認めないとの従来の方針を変更する考えはありません」と答えた。

 非核三原則は、NATO加盟国であるドイツが米国と核シェアをしていることなどを考えれば、かなり厳しいルールである。このような厳しいルールを、冷戦期の自民党政権が認めたのは今から思えば信じ難いが、実はこれには事情がある。

■佐藤栄作元首相の思惑

 当時の佐藤総理は核政策の4つの柱を挙げ、その中の1つが非核三原則であった。1968年(昭和43)2月6日の衆院予算委で以下のように答弁している。

 私は、核政策に対する4つの柱ということを今まで申してきております。そのうちの1つが核兵器に対する三原則であります。したがいまして、核軍縮、第3が平和利用、第4がそういう下においては、現実に日米安全保障条約、この4つを実は申しておるのであります。

 この答弁について「非核三原則の堅持が、米国の拡大抑止に依存することを前提条件としていることに着目しなければならない。もしも米国の拡大抑止の信頼性が低下し、それに依存することが日本の安全保障上適切ではないと判断される状況になれば、非核三原則は見直されるべきことを意味するからである。」(日本人のための核大事典・日本安全保障戦略研究所編著 国書刊行会 p139-140)と解説されている。

写真はイメージ

 その上で「佐藤首相と自民党の幹部は、非核三原則を他の政策と結びつけることにより、地域内での深刻な核拡散、あるいは米国の拡大抑止の『機能不全』など、状況上やむを得なくなれば、日本が核開発をする余地を残そうとした。」(同 p140)とする。

 このように非核三原則は他の政策とセットとなって政府の方針として定められたことを、一体、メディアを含め、どれだけの人が認識しているのか。

 実際、当時の野党は非核三原則について国会決議をしようとしているが、政府側から理解を得られずに見送られている。前出の衆院予算委でのやり取りが議事録として残っている。

山本幸一議員(日本社会党=現社民党):…総理のおっしゃる三原則、私はこの三原則を国会は総理の宣言を支持する、その支持は国会の意思である、こういう決議を出そうと思うのです。野党4党、これは出します。これに対して総理は反対されるのですか。(以下略)

佐藤栄作総理:…いわゆる非武装中立をとっておっておられる社会党の方々、私どものように安全保障条約の下において、この核兵器の三原則を守り抜いておる者と、これが同一の決議ができるものかどうか、どうもこの点だけは一緒だから一緒になろうじゃないかと言われましても、国民は大変迷惑するのじゃないか。…核政策に対する4つの柱、これについて十分の相談ができて、そして国民の間にその方向が決まれば、それはそれで決めていいだろう。その問題が決まらないうちに、ただいまやることは時期尚早だということにもなるのであります。

■佐藤総理答弁から54年後「国是」に昇華

 このように佐藤総理は明確に非核三原則が他の政策とリンクしたものであることを明言し、三原則だけが一人歩きをすることを警戒していた。

 それから54年後の2022年3月7日、参議院予算委員会で岸田総理は、安倍元総理が口にした核シェアリングに関する質疑で「我が国は、非核三原則を国是として堅持していると考えております。」と答弁した。

 佐藤総理の発言から半世紀を経て、元総理が遅れていた非核三原則の一人歩きが始まった瞬間でもある。岸田総理は、佐藤総理の核政策に対する4つの柱を知っていたのか、そして、三原則はその中の1つであることを理解できていたのか、疑問が残る。

第2回へ続く)

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