保険適用化どこまでも平行線 次回注目の調査結果

The following two tabs change content below.
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 分娩費用の保険適用化に関する議論は平行線をたどった。厚労省主催の第8回「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」が19日、行われた。健康保険組合連合会、連合(日本労働組合総連合会)は保険適用化推進の立場から、日本医師会、日本産婦人科医会は消極的な立場からの主張を続け、最後まで一致点が見出せない。そのような中、分娩取扱施設の費用構造に関する調査が実施され、以後の検討会でその結果が明らかにされることとされた。保険適用化による分娩取扱施設への影響が明らかになる見通しで、検討会の結論を左右するものとなる可能性を秘めている。

◾️地方の産科医療は存続の危機

日本産婦人科医会・石渡勇会長(撮影・松田隆)

 分娩費用の保険適用化を含む妊産婦等への支援策の検討会は今春頃のとりまとめの予定とされているが、3月半ばになっても最大の対立点である分娩費用の保険適用化については厳しい対立が残されたままに終わった。

 この日の2つ目の論点である「出産に係る妊婦の経済的負担の軽減について」の中で妊婦に必ず施されるサービスに関して論ずべき点として、①出産の平均的標準費用を全て賄えるとの基本的な考えに照らして出産費用の施設間格差が生じている現状をどう考えるか、②出産育児一時金支給額の引き上げ後も出産費用が上昇している現状をどう考えるか、③保険適用を含む負担軽減策が地域の周産期医療の確保に影響を与えないようにどのような方策が考えられるか、などが示された。

 参考人である日本産婦人科医会の石渡勇会長は、産科診療所の事業継続などに関する調査報告を行った。産科診療所の経常利益率から、2022年度が赤字だった医療法人が41.9%、2023年度が42.4%と4割以上が赤字になっていると説明。厳しい経営環境の中で保険適用がなされた場合、785の医療機関(産科診療所と病院)のうち486の機関が「分娩取扱いを止める」または「制度内容により中止を考える」とアンケートに対して回答した(当該検討会資料・産科診療所の経営状況と今後の事業継続の見込みに関する調査結果)。

 これまで分娩費用は保険診療の対象外とされ、費用の設定は各医療機関の裁量に任されることでさまざまなサービス、安全のための対応などを勘案して世界最高の周産期医療を提供していることを強調した上で、「妊産婦の経済的負担の軽減は大変重要なポイントと認識しておりますが、それだけに焦点を当てて産科医療機関が分娩を継続できない、地域の周産期医療が崩壊してしまうことがあっては本末転倒と考えます。」と③の保険適用を含む負担軽減策が地域の周産期医療の確保に影響を与えない点を重視すべきとした。

 「将来的にも安心安全な産科医療を安定的に継続できることが大前提、その上で妊産婦さんの経済的負担の軽減を実現できるような検討が必要と思います。現在、全国の分娩数の出生数の47%を地元の産科診療所が担っております。分娩機関のなくなった地域、あるいはそこで少子化がますます加速すると思われますし、国是としている少子化対策に逆行することにもなります。また、地域創生、地域を生き生きとさせる、こういう政策にも逆行するのではないかと考えております。分娩費用等の保険適用化が少子化対策に本当になるのか、あらためて問いかけたいと思います。また、国が早急に財政支援をしなければ地方はもちません」と、保険適用化の本来の目的とされた少子化対策に適うものではないことを含め、反対の意思を示した。

◾️地域の周産期医療体制崩壊の危機

日本医師会の濱口欣也常任理事(撮影・松田隆)

 日本医師会(松本吉郎会長)の濱口欣也常任理事も同様に「妊産婦さんの経済的負担の軽減といったものは、地域の分娩提供体制が十分に確保された上で実現されなければ全く意味がないものだと考えております」と繰り返し主張。「妊産婦の経済的負担の軽減の前提には地域の分娩提供体制が安定して、かつ、継続していることが必要であると考えます」と続けた。

 日本産婦人科医会、日本医師会を代表する参加者の意見は、保険適用化がされれば多くの産科医療機関が経営上成り立たなくなることで、地域の周産期医療体制が崩壊することを強調。そうなると上述の「③保険適用を含む負担軽減策が地域の周産期医療の確保に影響を与えない」に反するのは明らかとする。

 そのための方策として、濱口常任理事は出産費用とは別の財源で支援が得られるなら、個人的には理解の余地があるとしている。どのような形式をイメージしているのかは不明であるが、たとえば群馬県高崎市が産科医確保のために市内にある病院や診療所に直接補助金を交付している方法などであれば同常任理事の言う「別財源での支援」になるのかもしれない(参照・産科医療機関4施設に年1億円補助 高崎市に聞く)。

◾️出産育児一時金引上げは限界の考え

 一方、健康保険組合連合会(宮永俊一会長)の佐野雅宏会長代理は保険適用化の実現を目指す立場から意見を出した。石渡会長が説明した保険適用化によって産科医療機関の多くが取り扱いをやめる意向を持っているという調査結果に対して「保険適用化イコール経営が悪化する云々のところは、内容次第というところがあると思います。あまり内容が見えない中で、保険適用イコール経営が悪化して成り立たなくなるというのは、今後の検討を考えた場合には、少し違った見方をしていただいた方がいいんじゃないかなと思います」と話した。

 さらに出産育児一時金の引き上げ(2022年5月に42万円から50万円)後も出産費用が上昇していることを指摘し、「現状を見ると今までやってきた出産育児一時金の引き上げという手法には、限界があるのではないかと考えます。費用を負担するところの理解が得られないと思いますので、別の手法を合わせて検討すべきだと思います」とした。

 ③保険適用を含む負担軽減策が地域の周産期医療の確保に影響を与えないようにすべきの部分は、国のインフラ整備にかかる問題であるため、出産費用の保険適用をめぐる財源とは切り離して考えるべきと、この部分は濱口構成員と同様の見解であるとした。

◾️接点を見出すのは困難

 このように保険適用化をめぐる議論は、依然として平行線をたどっている。

 保険適用化した場合、産婦人科の現場では保険点数として評価されないサービスが多く出ることが予想される。産科診療所の4割以上が赤字で苦しんでいる中、保険適用でさらに赤字幅が拡大、あるいは黒字から赤字に転落する産科診療所が出れば地域の周産期医療体制の崩壊に繋がりかねない。

 保険適用化がそうした産科診療所を救う目的で導入されるのであれば、産婦人科医サイドも賛成する余地はあるのかもしれない。しかし、制度導入の趣旨が少子化対策、ことに妊産婦の経済的負担軽減ということであるなら、ギリギリの経営が続く各診療所が致命的な打撃を受ける可能性があり、そのようなリスクを孕む制度の導入を認めるわけにはいかない。そもそも妊産婦の負担軽減なら、出産育児一時金を増額すれば目的は達成できる。実際にこの日、石渡会長は「出産育児一時金が70万、80万になれば、支援策の一つになる」と話した。財政上の負担は増すものの、地域の周産期医療体制が崩壊するリスクを内包する保険適用化よりは安全な手法であるのは間違いない。

 一方、保険適用化を目指す勢力は「新制度はやってみないと分からない。やる前から、赤字幅が拡大しそうだからダメでは何もできないし、妊産婦の負担軽減、全国一律のサービスで地域の格差をなくしたい」ということであろう。

写真はイメージ

 双方が接点を見出すのは困難であり、検討会は完全に暗礁に乗り上げた印象を受ける。結局、実際に産科診療所の費用構造を分析し、保険適用した場合にどのように収益が変化するかを客観的に予測することで決着を図るしかないのかもしれない。

 この日は最後に「分娩取扱施設の費用構造に関する調査」が実施されたことが明らかにされた(研究代表者・早稲田大学政治経済学術院 野口晴子教授)。正常分娩を取り扱う医療機関等を対象に出産等の費用構造等の実態を把握することが目的。これまで「病院・診療所・助産所の全施設を対象として費用構造を明らかにした大規模調査は存在しない」(同調査p2)ため、この調査結果は有意義なものとなり得る。

 まだ分析は終わっておらず、次回以降の検討会で発表される見通し。検討会の座長である東京大学大学院法学政治学研究科の田邊國昭教授は「何よりも結果が早く知りたい」と口にした。次回の検討会で、この調査・分析結果が検討会の行方を大きく左右する可能性はある。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です