元教師復職求め証言台 女生徒の異常言動に恐怖心

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 札幌市の中学校で28年前に当時の女子生徒に非違行為をしたとして、2021年1月に懲戒免職された元教師が25日、処分の取消し等を求めた裁判で、本人尋問のため証言台に立った。女子生徒が札幌市教委に申し出た被害はすべて事実ではなく、虚偽であることを明言。また、女子生徒による殺害を示唆する発言やストーキングに似た行為に恐怖心を抱いていたことを、生々しく語った。

◾️石田氏の主張すべて否定 

札幌地裁・高裁(撮影・松田隆)

 これまで公の場での発言を一切控えてきた元教師の鈴木浩氏(62、仮名)が25日、自身が原告となっている免職処分の取消し等を求める訴訟の本人尋問で証言台に立った。

 実名と顔を出して被害を申し出たのは、写真家の石田郁子氏(49)である。石田氏は中学校卒業直前の1993年3月、鈴木氏のアパートでわいせつな行為を受けたと主張し、卒業後、高校生になってからも被害が続いたとして、札幌市教委に鈴木氏の免職を求めた(参照・免職教師の叫び(1)「ワイセツ教員じゃない」 ほか)。

 この日の法廷で、鈴木氏は主尋問において、処分の理由とされた行為を一つ一つ明確に否定した。しかも、石田氏が中学校に在学していた当時は、その存在すら認識していなかったという。

 ーー平成4年(1992)4月から12月頃にかけて、つまり石田氏が14歳から15歳の頃、彼女に実技指導しましたか

 鈴木:していません。

 ーー(他の生徒への)実技指導そのものは、したことはありますか

 鈴木:あります。それから2、3年後のことです。

 ーーそれは札幌大谷高校美術科の受験のための指導ですか

 鈴木:そうです。

 ーーなぜ、(石田氏が在学の頃は)実技指導をしていなかったのですか

 鈴木:一番の理由は、当時、自分は小学校の教師になりたかったのですが、小学校に行けなくて落胆していて、中学校の美術に興味を持てなかったという記憶があります。

 ーー1992年、1993年当時の石田氏との関係はどのようなものでしたか

 鈴木:250人程度の3年生の1人で、年間30時間の授業を受け持つ中の1人です。

 ーー顔と名前は一致していましたか

 鈴木:全く一致しません。

 ーー入試が近づいて実技指導が増えたということを石田氏は言っているようですが、どうでしょうか

 鈴木:全くそんなことはありません。

 ーーデタラメということですか

 鈴木:そのとおりです。

 ーー卒業式の前日に石田氏に美術館に行こうと誘いましたか

 鈴木:そのようなことは全くありません。

 ーーその後、自分のアパートに誘って、キスしたり、胸を触ったりしましたか

 鈴木:全くないことです。

 ーーこれも虚偽、ということですか

 鈴木:虚偽です。

 鈴木氏は、こうした事実関係をこれまで当サイトの取材に対して明らかにしてきた(参照・免職教師の叫び(4)疑わしい元教え子の主張、免職教師の叫び(5)まるでAV元教え子の証言)。今回、鈴木氏は法廷という公開の場で初めて、免職の理由とされた行為はすべて事実ではないと語ったのである。

◾️まるでストーカー

2021年4月、ネットテレビ出演時の石田郁子氏(ABEMA画面から)

 免職処分にあたって最も考慮されたとされるのは、2015年12月に札幌市内の居酒屋で会った際に録音された会話(以下、居酒屋発言)である。

 鈴木氏は石田氏の話に合わせ、それ以前から石田氏が口にしていた客観的事実に反する発言を積極的に認めている。この発言をどう説明するかが、本人尋問の最大の焦点であったと言っても過言ではない。

 鈴木氏は石田氏が大学2年から3年にかけての1年間、求められて交際していた。事実と異なる内容を話した居酒屋発言については、二つの理由が示されている。一つは、発達障害の特性である過剰適応によるものとする医師の見立てであり、意見書はすでに証拠として提出されている。もう一つは、石田氏の行為をストーカー被害ともいうべきものと受け止め、口論になれば何をされるかわからないという恐怖心から、話を合わせたという説明である。

 鈴木氏が札幌市内で引っ越した際、転居先も転居日も知らせていなかったが、石田氏が突然やってきて「手伝います」と言ったことがあった。また、交際を終わらせた後も、自宅に押しかけてきたという。

 鈴木:(交際を終わらせた後)何度か自宅に来て、ピンポンを押してきました。私はそういう時は居留守を使い、出ませんでした。するとある時、帰宅すると、家の前で石田が立っていました。私の姿を見て「何で電話に出ないの!」と怒鳴りました。

 さらに、鈴木氏が新たに交際を始めた同僚の国語教師のアパートにいた際にも、石田氏が突然訪れたという(参照・免職教師の叫び(8)ホラー映画の如く)。

 鈴木:石田と別れて1999年春ぐらいから国語の先生と付き合い始めて、その年の秋ぐらいのことです。その国語の先生の家に石田がやって来ました。私はその時、たまたまその女性の家にいたのですが、呼び鈴が鳴らされ、その女性が「下に石田という人がいて、鈴木先生について話したいと言ってる」と言ってきました。石田は部屋に入ってきましたが、私がいたのでびっくりしたような顔をしていました。部屋に入って30分ほどテレビを見て、帰っていきました。その後、その国語の先生から「あなたがいなかったら、私はどうなってたの!」とものすごく怒られました。そして「今後はバットを用意して、家に入れないようにする」と言っていました。

◾️異常と感じた複数の言動 

 交際中の言動について、鈴木氏は次のように証言した。

 鈴木:(石田氏は自分の父親について)「愛人には金を出すのに、私が美大に行くお金は出してくれない。毒を盛って殺してやる、愛人も刺して殺す。先生も私の父と同じ、まとめてやっちゃうぞ」と言われました。

 鈴木:ある時ドライブ中にけんかになりました。「私の話を聞いてないでしょ」と大泣きして、ハンドルを横から触ってきたので、急ブレーキをかけました。本当に何をやってんだ、と思いました。

 鈴木氏は、こうした言動を経験していたため、2015年に石田氏から電話で「会いたい」と言われても断れなかったという。会って相手を気分よくさせ、帰らせるほかないと考えていたとも述べた。

 鈴木:「先生」と呼ばれると会わないといけないと思いますし、会わないとしつこくネチネチと調べられて、勤務先や自宅にやってくるかもしれません。

 鈴木:(嘘をついて石田氏の話に合わせたのは)石田に対する恐怖心です。知らないはずの国語の先生の自宅を突き止めて、実際にやって来ましたし、私の引越し先や、東京に旅行に行った時の(ユースホステルで出会った気に入った男性の自宅を突き止めて会い、性交をした)話など、不気味な行動力があり、本当に殺されるかもしれない、この人ならやりかねない、と思いました。昔のようにケンカしてはダメだ、石田の言い分、高校の頃の話などに合わせて相手を満足させて帰らせるしかないと思いました。

 このように石田氏の話に合わせて事実と異なる内容を話した背景には、石田氏への恐怖心があったと説明した。

 一方、処分の正当性を主張する被告側だが、反対尋問は迫力に欠けるものに終わった。原告は、問題とされた行為をしていないと全面的に否認している。ところが反対尋問では、個々の行為には触れず、供述全体の変遷を指摘するにとどまった。

 細部の食い違いを指摘し、原告の供述全体の信用性を揺さぶる狙いだったとみられる。しかし、処分理由の核心に触れないのはいかにも不自然であり、核心を崩す材料がなかったと受け止められても仕方がない。

◾️「浅はかだった」

 最後の補充尋問(裁判所からの尋問)では、自らの言動を悔やむ心境も語った。

 鈴木:今から思うとキッチリと言って、ケンカすればよかったと思います。(相手に合わせて嘘を言ったのは)浅はかだったと思います。

鈴木浩氏(仮名、2022年撮影)

 職も家族も名誉も失う結果につながっただけに、そうした思いを抱くのは無理もないところであろう。最後に裁判長から「話を合わせよう、嘘でも(やっていない行為をやったと)認めようと思ったんですね」と確認されると、「はい」と答えた。

 こうして午後1時29分から始まった本人尋問は、途中、15分ほどの休憩を挟み、午後4時45分まで続けられるロングランとなった。

 この後、12月に双方が最終弁論を行うことが決まった。すなわち、石田郁子氏が証人として呼ばれないことは、事実上確定したと言ってよい。被告の札幌市が原告の主張を覆すには、石田氏を呼んで証言させる必要があると思われるが、札幌市はこの点での反証を放棄しているようにすら見える。

 提訴から3年、免職から5年半。訴訟は本人尋問を終え、最大の山場を越えた。判決は来年3月頃が見込まれる。

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