世田谷区長の真っ赤な過去『マルクス主義研究会』
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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2027年春に行われる世田谷区長選挙で5期目を目指す現職の保坂展人区長(70)の過去の過激な活動歴が話題となっている。民泊の営業日数の上限を緩和する条例改正素案を示したものの、区民らの強い反対を受け、緩和案の撤回に追い込まれた。なぜ緩和を進めようとしたのか。その判断に、左翼系の活動家としての過去が関係しているのではないかと指摘する声もある。保坂氏が原告となった「麹町中学内申書事件」の判決を振り返り、保坂氏のあまり語られることのない過去を検証する。
◾️プロフィールに内申書裁判を明記
保坂展人氏は自身のホームページ上で、自らのプロフィールを以下のように記している。
<経歴>1955年11月26日、宮城県仙台市生まれ。…中学校卒業時の「内申書」をめぐり、16年にわたる内申書裁判の原告となり、そこから教育問題を中心に取材するジャーナリストになる。 80年代半ばから…世田谷区と共同で「いじめ」問題に取り組む。 96年11月、衆議院議員初当選。…09年までの3期11年で546回の国会質問に立ち、「国会の質問王」との異名をとる。 2011年4月の世田谷区長選挙で初当選。区内で車座集会ほか、区民参加の意見交換の場を次々と持ち、今後20年の「世田谷区基本構想」をまとめる。(世田谷区長 保坂のぶと・プロフィール から)
この内申書裁判というのは、憲法における重要判例の一つ。保坂氏は千代田区立麹町中学に在籍中だった1970年(昭和45)、当時盛んだった学生運動に触発され、学校の敷地内に乱入してビラを撒くなどの行為を行った。その行為が内申書に記載され、受験した複数の高校に不合格となった保坂氏は、内申書の記載が不合格の原因だとして、千代田区と東京都に損害賠償を求めた。
憲法上問題になるのは、学生運動の参加の事実を内申書に記載することが19条(思想及び良心の自由)に、無許可でのビラ配布等の事実を記載することが21条(集会・結社・表現の自由)に違反するか、という点である。
この問題で東京地裁は請求を一部認容(東地判昭和54・3・28)したが、二審東京高裁は内申書の作成・提出に違法性を認めず、卒業式当日に教員が保坂氏を暴力で拘束した行為についてのみ賠償責任を認め、一審の認容額を10万円に減額した(東高判昭和57・5・19)。
そして最高裁は保坂氏の上告を棄却、二審判決が確定したというものである。
◾️麹町中学校マルクス主義研究会を名乗る
憲法上の問題はさておき、判決文には、当時中学3年生だった保坂氏の政治活動や、文化祭での抗議行動が詳細に記されている。
その一部を紹介する。まず、当時の保坂氏が全共闘を名乗っていた点などである。
「…被控訴人(筆者注・保坂氏)は、同年(同・昭和45年)7月頃からは「麹町中学校マルクス主義研究会(略称として「KMM」を使用)」を名乗りはじめ、次いで「麹町中学校全学共闘会議(略称として「麹町中学全共闘」又は「全共闘」を使用)」を名乗つたが、更に同年8月頃には被控訴人が中心になつて他の中学校の生徒をも含む約20名の中学生とともに「全関東中学校全共闘会議(略称として「全中共闘」を使用)」を結成したうえ、全中共闘の運動として、ベ平連の定例デモに参加し又は街頭で反戦運動のための資金カンパ活動を行つたことがあり、また被控訴人は、当時本件中学校内において、みずからML派(ML派が当時存在した新左翼過激派の学生団体であることは公知の事実である。)と関係があることを公然と表明したことがあつた…」
ML派は、保坂氏が後年のインタビューで「共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派」と呼んだ新左翼系の党派で、中国の文化大革命や毛沢東思想に強く傾倒した親中国派の新左翼集団と言っていい。1960年代後半の学生運動全盛期には、赤いヘルメットに白文字で「ML」と書いてゲバ棒を振るい、東大安田講堂事件の際には、東大構内の工学部列品館に立てこもったML派の学生らが、機動隊に火炎瓶で抵抗した。
保坂氏は2010年に受けたインタビューで「中学時代、僕はその毛沢東選書を通じて左翼思想の重要なものはほとんど学んだわけです。 共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派に近づいたのもそういった事があったからなんです。」と答えている(Roof top2010年6月号・参議院選カウントダウン企画 保坂展人インタビュー)。
過激な左翼活動に感化された保坂氏は1970年秋に一線を越える。再び高裁判決を見てみよう。
「…受験本位の本件中学校(筆者注・千代田区立麹町中学)の教育方針は為政者がとつている海外侵略政策に奉仕するものであつて、本来クラブ活動の成果の発表の場であるはずの文化祭は、右の本件中学校の教育方針ないしその意図を隠蔽する手段にすぎないと確信し、かかる本件中学校の態度に抗議すべきことを考えていたが、昭和45年9月13日の本件中学校の文化祭当日の昼頃、本件中学校の他の生徒1名及び他の中学校の生徒9名とともに、各自ヘルメツトをかぶり覆面をしたうえ竹竿を持ち、当時閉鎖されていた本件中学校の裏側通用門を乗越えて校内に立入り、校舎の屋上にかけ上り、そこから、校庭をめがけて『文化祭粉砕』『管理された文化祭を粉砕せよ』『文化祭を我らの手に』『文化祭粉砕闘争に起て』等印刷した多数のビラをまき、更にシユプレヒコールをしながら校庭1周のデモ行進をしたうえ正門から退去したこと、そのため、被控訴人は同日中に所轄警察署員により補導され、家庭裁判所に送付されるにいたつたこと(のち家庭裁判所で不処分の審判を受けた。)、…」
◾️かつて校舎に落書きした少年が…
さらに、この当時の保坂少年の行動について、判決は以下のように記している。
「またその頃から被控訴人は、本件中学校校舎の壁面に『全共闘』と、校舎の窓枠に『教育の帝国主義的再編粉砕』『中学生の政治活動を』と、自分の個人用ロッカーの扉に『解放戦線』『全共闘は斗うぞ』『卒斗勝利』とマジック・インキで落書し、また右のロツカーの扉に、『麹町中闘争勝利、全共闘』『◆闘を実力で闘い抜け、ビラまきの自由を、言論思想統制粉砕、麹町中全共闘』と記載したビラを貼付した…」(※◆部分は不明)
ちなみに現在、世田谷区では「世田谷区環境美化等に関する条例」という条例が定められており、落書き防止のための活動を行っている団体に物品の助成を行っている(世田谷区・令和8年度 落書き防止活動団体への物品助成のご案内)。
◾️区民はどこまで認識? 区長の素顔
保坂区長は2027年春の世田谷区長選への出馬の意向を固めたと報じられている(東京新聞・世田谷区長選挙に保坂展人区長が出馬の意向固める 来春、5選目指す 多選批判には「ボトムアップ型が定着」)。
2011年に初当選した保坂区長は現在4期目で、来春に在任16年を迎える。再選されて5期目を務め上げれば、在任は20年となる。
もちろん、それは世田谷区民の選択によるものであるから、外野があれこれ言うようなものではない。ただ、過激な左翼運動に接近した経歴を持つ人物が首長を務めてきたことについて、区民がその過去と、当時のML派の実態をどこまで認識して投票しているのかはわからない。
過去の保坂氏の言動を見る限り、その素顔は過激な左翼運動のシンパであり、そうした本質が垣間見られたのが今回の民泊の営業日数緩和だったのではないか。イデオロギーが前面に出にくい首長の選挙で4期にわたり君臨してきたが、5度目はあるのか。
若者の保守化傾向が強まっていると言われる中、前回の区長選で保坂氏と約3万9000票差だった保守系の内藤勇耶(ゆうや)氏も再挑戦に向けて動いている。保坂氏の5選は、これまでのようにはいかないと思われる。
(SNS関連投稿⇨ YouTube・世田谷区の保坂区長3年半前に明言「外国人の地方参政権」⇨民泊緩和案の根っこ)







