追い詰められた伊藤詩織氏 控訴審の行方

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 ジャーナリストの伊藤詩織氏とTBSの元ワシントン支局長の山口敬之氏の訴訟の控訴審は2022年1月25日に判決が言い渡される。当サイトのこれまでの取材を含め検討すると、東京高裁は伊藤氏の勝訴部分を取り消して請求棄却、山口氏の反訴請求を(一部)認容する「逆転判決」を言い渡す公算が高いと考える。

■裁判官「全て書き切ってください」の意味

裁判所を出る伊藤詩織氏(中央、撮影・松田隆)

  9月21日、東京高裁101号法廷で意見陳述が行われ結審し、年明けに判決が言い渡されることとなった。東京高裁では、原審とは異なる判断枠組みで判決が出される予定である。それは控訴審の中で、裁判長が双方の代理人に以下のように指示したことから明らか。

 弁論準備の途中で、裁判官から伊藤氏側の弁護士に「そもそも何をされたのですか」という問いかけがあった。さらに、一審では不法行為の時間も曖昧な状態で判決がされてしまっており、「何時に、具体的に何をされたのか、全て書き切ってください」という注文がなされた。この点は、意見陳述後の山口氏の支援者への報告会の中で、当サイトが担当弁護士に質問し確認をしている。裁判官の「全て書き切ってください」が法的に持つ意味は大きく、それは後述する。

 今更ながらであるが、両者の主張を紹介しよう。2015年4月4日、伊藤氏は「被告(山口氏)は、原告(伊藤氏)が意識を失っているのに乗じて、避妊具を付けずに性行為を行い、原告が意識を取り戻し、性行為を拒絶した後も、原告の体を押さえ付けるなどして性行為を続けようとし、これにより、肉体的及び精神的苦痛を被った」(一審判決文から)としており、性行為があったのが午前5時頃だったとしている。

 一方、山口氏は同日午前2時頃に伊藤氏が起きて冷蔵庫のミネラルウオーターを飲み「原告は、就職活動について自分が不合格であるかを尋ねながら、左手で被告の右手を握り、引き込むように引っ張ったため、被告は原告と添い寝をする状態になった。原告は、再び就職活動に関し自分が不合格であるかを尋ねつつ、寝返りを打ちながら右足を被告の体の上に乗せた。そのため、被告は、悪印象を挽回しようとする原告に安心感を与えようとして、性交渉を始めた。」(同)と合意であることを主張している。

 一審判決を見ると、両者の言い分を比較して、伊藤氏の供述に信憑性があり、伊藤氏の言うような事実が認められるとしている。その控訴審で、裁判官が「何時に、具体的に何をされたのか、全て書き切ってください」と言ったことはどのような意味を持つのか。

■不法行為の初歩の初歩に戻って考える

取材に応じる伊藤詩織氏(撮影・松田隆)

 そもそも伊藤氏の訴えは、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟である。

民法第709条(不法行為による損害賠償)

 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 この訴えを起こした場合、加害の事実をどちらが証明するのか。この点、①故意・過失、②権利・利益侵害、③損害の発生、④因果関係(①によって③がもたらされたこと)は、原告(被害者)が主張・立証しなければならない。これは契約関係にないアカの他人が損害賠償せよと訴えるものであるから、訴える側が主張・立証をするのは当然であることは感覚的に理解できるであろう。一方、責任能力、違法性阻却事由のないことなど、例外的に損害賠償義務がないことを証明するのは訴えられた方、すなわち被告の側である。

 これは不法行為法の初歩の初歩であるが、一審では前述のように「信用性が相対的に高いと認められる原告の供述によれば、被告が、酩酊状態にあって意識のない原告に対し、原告の合意のないまま本件行為に及んだ事実、及び原告が意識を回復して性行為を拒絶した後も原告の体を押さえ付けて性行為を継続しようとした事実を認めることができる。」と両者の供述を比べて原告の供述が信憑性が高いから、被告は加害行為をしたと認めている。不法行為の立証としては不十分と考えるのが通常の思考。

 その控訴審で裁判官が「何時に、具体的に何をされたのか、全て書き切ってください」と原告(被控訴人)に対して言ったということは、分かりやすく言えば(あなたたちが主張する不法行為の立証は十分ではありません)ということに他ならない。

 つまり、伊藤氏サイドはあらためて午前5時から行われたという不法行為の主張・立証を行うように求められたのである。その主張・立証に失敗すれば不法行為は認められず、請求が棄却されるのは間違いない。

■積極否認でノンリケットに

 そうすると、山口氏サイドは相手の主張・立証に対して、抗弁や否認をして防御していくことになる。ここで問題になるのが、以前にも紹介した乙94号証である(参照・伊藤詩織氏 乙94号証でチェックメイトか)。

 両者の間に性行為があった2015年4月4日、伊藤詩織氏はイーク表参道を訪れ、アフターピルの処方を受けた。その時の診療録(カルテ)には午前2時か3時に性交があり、コンドームが破れたと記載されていることが、一審の原告への反対尋問で示されている。

4日午前5時に何が…(写真はイメージ)

 この診療録は午前5時に(準)強姦されたという伊藤氏の主張を真っ向から否定するもので、要件事実で言えば「積極否認(理由付否認)」。積極否認とは「相手方に主張立証責任がある事実について単に『否認する』というのではなく、その事実と両立しない事実を積極的に述べて否認すること」である(要件事実ノート 大江忠 商事法務 p29)。

 積極否認の主張者は「立証責任を負うものではなく、相手方の立証責任を負う要件事実について裁判官の心証を真偽不明のレベルにまで至らせれば目的を達する」(同)とされる。この場合、一審では「イーク表参道のカルテには、避妊具が破れたなどと客観的事実に反する記載がある点で、記載内容の正確性に疑義がある。」(一審判決文から)として、裁判官の心証としては真偽不明(ノンリケット)の状態にはならず、不法行為は立証されたと考えたと思われる。

 しかし、控訴審ではイーク表参道を運営する医療法人社団プラタナス イークが「カルテに記載がある内容が、医療行為の全て」と書いたメールが乙94号証として提出された。つまり、伊藤氏がイーク表参道で「午前2時か3時に性交があり、コンドームが破れた」と言ったことは間違いないという証拠が出されたのである。

 このことは山口氏が主張する午前2時頃に性交があったことを完全に立証するというものではないが、伊藤氏が主張する午前5時頃に(準)強姦され、さらに「殺される」と思うような暴行を受けたという主張を真偽不明に持ち込むには十分であろう。

 もし、伊藤氏が「殺される」と思うような暴行を受けたとしたら医師に対して「午前5時頃、避妊具を付けずに性交を強要された」と言えばいい。そこで虚偽の事実を述べる必要などない。実際、受診後に午前5時説を主張するようになっており、なぜ、性行為の直後だけ異なることを言ったのか。そう考えると、午前5時説が後から考えられたものという合理的な疑いは生じる。よって午前5時の不法行為の立証はノンリケットの状態にしていると言えるのではないか。

■山口氏の意見陳述 5つの質問の意味

支援者の集まりで話す山口敬之氏(撮影・松田隆)

  山口氏は意見陳述で上記の点は触れていないが、それ以外に5つの質問を伊藤氏側に投げかけている(参照・山口敬之氏 意見陳述の全文)。

(1)警察に提出したブラジャーから、ルミノール反応が出ていたはずですが、なぜその点には触れないのですか?

(2)なぜ自分をレイプし、大怪我を負わせ、殺しかけた男のTシャツを、素肌に着る事ができたのですか?

(3)膝に脱臼寸前の大怪我を負わされたのに、なぜ防犯カメラに映ったあなたは、膝を庇う事もなく、大股で普通に歩いているのですか?

(4)「意識が戻った状態で、性的暴行と物理的傷害の被害を受けた」という、明らかなレイプ被害の直後なのに、なぜフロントで被害を訴えなかったのですか?

(5)意識がある状態で性的暴行を受けたのに、なぜ強姦でなく準強姦で訴え出たのですか?

 ご覧のように、午前5時頃から行われた不法行為(性的暴行)に対して、その事実と両立しない事実を積極的に述べており、積極否認と言っていい。伊藤氏側は反論できず、その主張を真偽不明(ノンリケット)の状態に持ち込まれているように思える。

■伊藤氏の陳述 負けた時のエクスキューズか

 一方、伊藤氏サイドは不法行為の立証がほぼ出来ていない、多くの積極否認によって真偽不明に持ち込まれる蓋然性が高いと状況を判断している可能性はある。

 それは伊藤氏の意見陳述にも現れている。

 「私は警察に届け出た段階で、刑事司法で裁いてもらうことを望んでいましたが、逮捕は直前で取り消しとなり、それはかないませんでした。刑事司法の不透明な対応に左右され、確かに存在していた性被害が、なかったことにされてしまうことに危機感を抱き、自分の顔を出し、そして名前を出して発信することを決意しました。」(参照・伊藤詩織氏 意見陳述の全文

 この部分は、本来、自分が山口氏の不法行為を主張・立証する必要はなく、検察官がそれをやってくれるはずだった、しかし、刑事司法の不透明な対応で自らが立証しなければならない羽目に陥ってしまったと言っていると考えるのが妥当な判断であろう。負けた時のエクスキューズを予め言っておきたかったのかもしれない。

■山口氏が勝つ可能性

 以上の点を考えると、伊藤氏の勝訴部分は取り消され、請求が棄却されるのではないか。その判断からすれば、山口氏の反訴請求(名誉毀損)は、一部認容される可能性はある。

 民事裁判はバランスを考えると言われるようであるが、実際の所は分からない。仮にそういう判断をすることがあるにせよ、それがこの件に働くかどうかも分からない。

 ただ、表に出ている部分から判断すると、伊藤氏にはほとんど勝ち目はないように見える。

    "追い詰められた伊藤詩織氏 控訴審の行方"に5件のコメントがあります

    1. 月の桂 より:

      伊藤氏の請求棄却となれば、日本の司法は~等々、世界に向けて再び日本下げの言動をするでしょう。それが目的?

      伊藤氏の著書には、医師(婦人科)がもっと詳しく聞いてくれていたら、状況は変わっていたかのように書かれています。初診時には問診票への記載を求められますが、そこにレイプ被害が書かれていたら、医師は証拠の採取をし、DRDの疑いがあれば採血したかもしれない。そして、クリニック経由で通報し被害者のサポートに繋いだと思われます。

      避妊の失敗によるアフターピルの処方希望を受け、そのやり取りをカルテに残した。この医師の対応に何の問題も無いでしょう。

      山口氏の陳述書(性交渉に至る状況)から判断すると、妊娠の可能性は低いように思えます。お持ち帰りTシャツは、次回に会う為の小道具にはなりますが、性交渉の証拠としては弱い。婦人科を受診し医師に性交渉の時間を伝えることの方が、揺るぎ無い証拠となります。緊急避妊薬の目的を考えても、性交渉の時間を曖昧に伝えるなど有り得ません。彼女の言う5時の性交渉は虚偽だと思います。

      避妊が男性主導の日本では、アフターピル希望=男性に非があることにも出来ます。私は、この受診は妊娠回避目的というよりは、後々、伊藤氏が自身を有利にする為の行動だったと考えています。

      1. 月の桂 より:

        今回の記事からは外れますが、冤罪と思われる事件が進展したようです。

        乳腺外科医事件の上告審で、最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は検察側、弁護側双方の意見を聞く弁論を来年1月21日に開くようです。

        私は、この事件が報道された時、この医師は冤罪被害者ではないのか…と思いました。そして、実名報道は必要なのか?メディアは責任取れるのか?とも思いました。こんなことがまかり通ったら、医者は医療行為が出来なくなる。とんでもない話です。
        山口氏の事件と同様に、真実が明らかにされることを願っています。

        https://www.hokeni.org/docs/2021021300052/

        https://gekaimamoru.org/

    2. 名無しの子 より:

      普通の感覚なら、あの民事一審判決は、どう考えてもおかしいと思いますよね。
      カルテも勿論ですが、ホテルに行くことに同意がなかった証拠として、伊藤氏がホテルで目覚めた時「どうして私は、ここにいるんでしょうか」と言ったということ。これは確かに、ホテルに行くことに同意がなかったということにはなりますが、同時に、「伊藤氏の著書の内容が、虚偽だという証拠」にもなり得ます。
      なぜなら伊藤氏は著書の中で、目覚めた時「(下腹部に)激しい痛みを感じた」「痛い、痛いと何度も訴えているのに〜」などと書いているからです。激痛を感じ、痛いと叫んでいる著書の記述と「どうして私は、ここにいるんでしょうか」という寝ぼけたようなセリフと、どうしたら、一致するのでしょうか。
      それに、カルテの件にしても、医者には明け方とだけ言ったのに「性交時間2時から3時」と勝手に書かれたと言ってますよね。明け方が、夜中の2時に聞こえるというのも、めちゃくちゃな論理ですが、産婦人科の初診では、問診票を書くのが普通です。特に、人気のある予約制の病院なら、そうするでしょう。問診票に記入した内容からカルテを作成したのなら、伊藤氏がカルテに、性交時間2時から3時と書いたことは、間違いないでしょう。
      あの民事一審判決を知って、日本の司法が、一切信じられなくなりました。
      どうか、二審は、もう一度司法を信じてみようと思えるような判決になってもらいたいものです!

    3. NA より:

      「お疲れ様です」から始まる、ビザサポート催促メール。
      ノンフィクションをうたった自著には掲載されていません。
      事件の本質と全く関係のない、子供時代の逸話などが盛り込まれていたにも関わらず、肝心の部分を隠蔽して、「真実はここにある」です。
      既に同じ職場で働く間柄だとか取引先の人物といった、既にある関係、組織という難しいしがらみがあるわけでもありません。査証支援の催促文について、「性被害者特有の迎合」なんて言い訳、通用しません。

    4. マリオ・ハッセー より:

      それにしても、

      >私は警察に届け出た段階で、刑事司法で裁いてもらうことを望んでいましたが、

      こんなこと言って良いのかねえ。これって、「私は山口氏に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で刑事告訴しました」って白状してるんじゃ?
      しかも、検察審査会への申立の際、申立書に記載した罪名が準強姦となっているのに、訴える罪状は強姦致傷だったって話だし。虚偽告訴の疑いを自ら強めてしまったのでは?

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