ベーシック・インカムに一考の価値

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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 小泉政権で経済政策、金融再生と郵政民営化を主導した経済学者の竹中平蔵氏は、なぜか一部の人に嫌われている。新自由主義、市場原理主義を推進し、弱者切り捨ての実行者とされる。そもそも「新自由主義」「市場原理主義」という造語は定義が曖昧で、何を意味するかわからないし、彼が象徴だとも思えない。日本経済が衰退しつつあるのは彼だけのせいではない。私はこの批判を気の毒に思う。

■竹中平蔵氏の提案を考える

 その竹中平蔵さんが久々に政治的な発言をした。TBS・BS放送で、「毎月7万円のベーシック・インカム」の導入を提唱した。

1・国民全員に毎月7万円支給。

2・所得が一定以上の人は後で返す。

3・マイナンバーと銀行口座を紐付け、所得を把握。

4・生活保護と年金はなくし、それらの財源にする。

 以上のような内容だ。ネットでは、弱者を切り捨てる構想だと批判一色だ。不思議なことだが、竹中氏はおかしなことは言っていない。多くの経済学者が世界で同じようなプランを掲げているのに、竹中氏への感情的な批判が繰り返されている。そして私は、これを検討してもいい話と考えている。

■竹中氏の真意は「歳出抑制」か?

写真はイメージ

 ベーシック・インカムの問題は大きく分けて2つあるだろう。1つ目は倫理上、政府が金をばら撒いていいのか。2つ目は、財源はどうするか、の問題である。

 倫理の問題については、結論が永遠にでないだろう。

 ベーシック・インカムの構想は、1797年に英国でトマス・スペンスという哲学者が唱えたのが最初だ。19世紀の著名な経済学者であるジョン・スチュアート・ミル(1806−1875)が「経済学原理」(1847年)で言及し、当時の為政者の間で議論されたという。しかし、200年以上議論されても、政策化はされていない。

 生活困窮者を救うことを、誰もが肯定する。しかし、どのような人を救うか、線引きをどうするか、誰も納得できる結論は作れない。「なんであいつは税金をもらえるのか」という不公平感を必ず生むためだ。

 膨大な財源が必要になることも、ベーシック・インカムが見送られ続けたことの理由だろう。全国民にお金を配ると、大変な金額になる。しかし逆説的だが、日本では政府による国民への社会保障が凄まじい金額になっている。この金額を抑えるために、この仕組みを導入することもあり得ると、私は考える。

 竹中氏はベーシック・インカムの提案について、真意を説明していない。ただし、彼は「消費税はギリギリ10%まで。これ以上の負担は、日本経済をダメにするし、安易な増税は好ましくない。社会保障の歳出面に手をつけて公的部門を縮小し、民間の力を増やすべきだ」という主張を、取材でかつて直接聞いたし、講演などで公にしている。その考えの中で、ベーシック・インカムを主張しているとすれば、その導入によって社会保障費の歳出を抑制することが念頭にあるのだろう。

■膨らみ続ける公的部門を止めたい

出典:厚生労働省白書

 残念ながら、今の日本の経済力では、全ての国民を助けることはできない。

 公的な支援の総額はどれほどの金額か、多くの人が知らない。社会保障給付費(公的機関による個人の支援)は、2020年度に126.8兆円という凄まじい金額になる。そしてそれは少子高齢化が進行する中で日本では今後数十年は増え続けるだろう。給付には当然負担が必要になる。国民や事業主への負担は今後増えていく。(図1)

 そして日本の財政は、今年度に当初予算で160.3兆円になる見込みだ(図2)。日本の歳入予想は63.5兆円。歳入欠損は100兆円近くになる。新型コロナ対策とはいえ、国の債務約1100兆円(19年度末)がさらに膨らむ見通しだ。「ワニの口」と呼ばれる歳入と歳出のギャップを形容する言葉があるが、ワニの上顎が外れてしまった。

出典:財務省資料

 国がいくら借金をしてもいいという、不思議な話が、日本だけに流布している。「M M T」という説が数年前に米国で出たが、今、まともな世界のメディアでそれを話題にしているのは日本のメディアだけだ。

 「エコノミスト」、「バロンズ」などの米英の経済メディアは、このような説をまったく取り上げていない。日本の経済論壇は、ネットだけかもしれないが、世界の中で特異な議論を展開する「ガラパゴス」的空間になっている。

 巨額な歳入の欠損、事実上の日銀引き受けで国債を発行し続ける恐ろしい状況は、いずれ日本の財政破綻という結末をもたらしかねない。

■日本の大問題「世代間格差」の解決策になる

 こうした現実を前提にして、ベーシック・インカムを考えてみる。支給総額は、1億2000万人の国民が月7万円のベーシック・インカムを受け取るとして、年額100兆円が必要になる。19年の歳出は普通予算で100兆円なので、同程度になるだろう。

 竹中氏が財源にするため削るとした生活保護予算は3.8兆円だ。ベーシック・インカムには到底たりない。しかし社会保障費全体の120兆円と比べるならどうだろうか。医療以外の巨額の支出約80兆円を、ベーシック・インカムに置き換えられれば、税金、そして事業主の負担を下げることができる。またベーシック・インカムの範囲を、所得によって制限することは可能だ。

 日本にはさまざまな社会問題があり、どれに注目するかは立場によって違う。しかし一番の問題は、「若い人に不利な社会」「世代間格差」であることと、私は考えている。

 少子高齢化が進む中で、上記図1の社会保障制度が、高齢者に有利で、若年層に不利であることが問題である。試算にもよるが、1965年生まれの前後の人から、社会保障負担が支払ったものより、受け取る金額が少なくなるとされる。少子高齢化の影響のためだ。若者が少ない高齢者を支えるという年金制度の仕組みが成り立たなくなっている。

 安易な増税と社会保障費の増加は、公的部門が肥大化し、若い世代の所得を奪っていく。それでは、日本経済が縮小していく。一方で社会保障費の削減は政治的に難しい。そうだとしたら、ベーシック・インカムのような、新しい制度を作り、人々を納得させ、総額を抑えていく方法は、「ごまかし」の策として、あり得るかもしれない

■「お上に頼りすぎる日本は資本主義とはいえない」

 2004年にチーム竹中のメンバーとなり、金融再生プランを作り実行した人と、その後に仕事を一緒にし、学んだことがある。金融再生プランは、要約すると、資産の時価評価と銀行の査定厳格化を行い、預金者保護と金融システム維持のためだけに公的資金を投入、ダメな企業は「自力でがんばれ」というものだ。その結果、経営の厳しい銀行の合併と一部企業の倒産を含めた再編が促されたが、不良債権処理は加速し、経済危機は脱した。

 その人は振り返って、こう言っていた。

 「金融再生プランは国ではなく、金融市場の力を活かして、経済・金融を再生するという当たり前のことをしただけ。それなのに、なぜ過剰に、賛意も批判もあるのかわからない。この政策は、各国にたくさん前例がある。日本のメディアも、専門家も、勉強していないし、基本的な経済学の知識さえない。経済やビジネスを教えない教育の問題もあるのだろう。そして何でもお上に頼りすぎる。日本は資本主義の国といえない」。

 この意見に私も同意しており、日本社会をみるときの視座になっている。そして竹中氏への批判をみるとき、いつもこの言葉を思い出す。

 菅新政権のスローガンは「自助・公助・共助」という。公的支援だけでは社会は今後運営できない。また経済活動における国の介入は、うまくいった例があまりない。

 ベーシック・インカムは国による新たな社会保障への介入策だ。非効率な資源配分が行われる懸念もある。しかし今ある社会保障制度の種類を減らし、総額に上限を加え、公的部門の肥大を抑制する道具にもなり得る。

 竹中氏のベーシック・インカムの提案の真意が歳出抑制策であるならば、導入は困難であっても、社会保障問題の議論の深化、そして一つの選択肢として、議論をすることは、あり得ると思うのだ。

 前述のように「お上に頼りすぎの非資本主義国」である日本で、「お上に頼るな」ということは言いづらい。しかし制度の上で見えづらい制限を加えることで、頼れる範囲を限定して総額を抑制する、ずるい方策は採用しても良いかもしれない。

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