大谷選手は被害者か 競馬界ギャンブル依存症に学ぶ

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 MLBドジャースが20日、大谷翔平選手の通訳を務めていた水原一平氏(39)を解雇したと発表した。違法なスポーツ賭博にのめり込み、大谷選手の口座から450万ドル(約6億8000万円)がその支払いに流用されていたと各種メディアが報じている。水原氏は自身をギャンブル依存症であるとするが、筆者はこうした依存症と思われる人間を間近で見てきた。その経験から、水原氏の問題を考えてみたい。

◾️記者が騎手から500万円借りた

写真はイメージ(東京競馬場)

 筆者は日刊スポーツ新聞社に所属した1985年から1998年までの13年間、中央競馬の取材に従事した。現在の状況は分からないが、当時はスポーツ新聞の競馬担当、あるいは競馬専門紙のトラックマンと言えばどっぷりとギャンブルに染まった人間は少なくなかった。

 以下は人伝に聞いた話であり、不正確な部分はあるかもしれないが聞いたままに記す。

 筆者が競馬担当になった時に大阪日刊スポーツにベテランのX記者がいた。20年以上現場に出ており、厩舎関係者にも顔が効いた。そのX記者がある日を境に無断欠勤を続けた。会社は家族と連絡が取れていたのかもしれないが、現場までは話が下りてこない。まして、東京日刊スポーツの筆者には詳しい事情は全く分からなかった。

 しばらくすると、当時の関西のトップジョッキー・Y騎手が、大阪日刊スポーツの記者に「最近、Xさん見んけど、どうしたん?」と聞いてきたそうである。「はぁ、まあ」と言葉を濁す記者にY騎手はこう続けた。「Xさんに500万貸したんやけど。それ以後、全然姿が見えんし、どうなっとるんやろ」

 その記者は仰天、すぐに会社に報告した。最終的に大阪日刊スポーツがY騎手に500万円を返済したそうである。しばらくして、別の大阪エリアのスポーツ紙所属で、筆者と仲が良かった若手記者から栗東トレセンの宿泊施設でX記者のその後について聞いた。その若手記者によると、関西のあるベテラン記者がたまたま高速道路のパーキングエリアでX元記者を見かけたそうである。「Xはん、久しぶり」と声をかけたら、X元記者は近くにいた若い女性に「おい、行くぞ」とだけ言ってそそくさとその場を去った。目撃者の話によるとトラックの運転手をしていたようである。

 結局、X記者は馬券を買い過ぎて首が回らなくなり、当時親交のあったY騎手に借金を申し込み返済に充てたものと思われる。返すあてもなく金を借り、貸し手がいる現場に毎日取材に行けるわけもない。X記者は夜逃げし、会社も解雇されたらしい。

 彼は典型的なギャンブル依存症であったようで、現場で買う馬券の金額も尋常ではなかったと聞く。こうした例はX記者に限ったことではない。他社にも常軌を逸した馬券の買い方をして、消費者金融等に多額の債務を負っている者もいた。中央競馬の広報誌「優駿」では1980年代半ば頃まで「トラックマンの悲劇」という言葉が登場していた。ギャンブルに夢中になって給料以上の金額を馬券に注ぎ込み、借金が増えて夜逃げするパターンが多く、そうした人々の転落人生をそのように呼称していたのである。

◾️バブルの時代の馬主たち

 ギャンブル依存症の人々が頼るのが、競馬で言えば騎手、調教師、馬主。前出のX記者は関西のトップのY騎手に借りたが、バブル期には不動産関連の成金が大量に馬主資格を得て、競馬界に参入してきており、ギャンブル依存症と思われる記者やトラックマンの標的とされた。たとえば「モガミ」の冠で知られる故早坂太吉氏には、少なくない記者、トラックマンが取り入って甘い汁を吸っていたのはよく知られている。

 それ以外にも80年代後半の菊花賞馬のオーナーにも数多くのギャンブル依存症の記者・トラックマンが接触していた。こうしたギャンブル依存症の人間に共通するのが、「仕事より、自分の経済状況の方が重要」「約束を守らない」といった点である。その結果、平気で嘘をつく、嘘をつくことに何の躊躇もない。水原氏のニュースを聞いた時に「競馬の世界であったパターン」という思いを抱いた。

 水原氏は最初にESPNの取材に「大谷翔平が賭博の借金を肩代わりをしてくれた」と説明した。ところが1日経ってこの発言を撤回。ESPNの記者に「取材に対して嘘をついたのか」と聞かれてイエスと答えている(日刊スポーツ電子版・【まとめ】早朝の日本に衝撃…ドジャースが大谷翔平の水原一平通訳を解雇 違法賭博に関与か から)。

 ESPNから取材を受け「大谷が知らない間に僕が送金した」と答えれば、それは直ちに窃盗か(業務上)横領を認め、自らの犯罪を自白することになる。そこまで覚悟はできておらず、自分の借金を大谷選手が肩代わりしてくれたと言えば自身の罪はもちろん、おそらく大谷選手も罪に問われず、とりあえず問い詰められるような取材からは逃れられると考えたのであろう。

 筆者がこれまで見てきたギャンブル依存症、多重債務者である人々は自身の仕事の責任などほとんど頭の中になく、どうやって借金を返すか、金策しか考えない。取材に対しても自分が不利になるようなことを、わざわざ答えるはずがない。それゆえ、彼らの言うことは基本的に信じるべきではない。それらは多くの場合、単なる自己弁護に過ぎないのである。

 もし、大谷選手が違法賭博の借金と知って肩代わりしたのであれば、違法賭博の共犯とされかねない。そこで大谷選手の弁護団が「大規模な窃盗」(Forbes Japan・大谷翔平の通訳、水原一平をドジャースが解雇 「大規模な窃盗」計画主導で)と、大谷選手は被害者であることを強調するコメント発表し、それに合わせて水原氏も前日の虚言を翻したというのが事実に近いのではないかと思われる。水原氏にすれば今後、向き合わなければいけない裁判を考えた時に、被害者感情は重要な要素となると考えた部分もあるのではないか。

 なお、大谷選手の弁護団が本件を横領ではなく窃盗としたことは、水原氏が大谷選手の口座を管理する権限を有していなかったことを示すものと考えていい。

◾️勝手な想像ですが

水原一平氏(TBS NEWS DIG画面から)

 一部では水原氏の当初のESPNへの取材の回答から大谷選手の関与を疑う報道もある。しかし、10年間で7億ドル(約1015億円)という契約をドジャースと結んだ同選手が、6億、7億円程度のギャンブルをする理由がない(NHK・「大谷翔平と10年契約」大リーグ ドジャースが正式発表。)。ギャンブル依存症の人物が嘘をつくことが多いという観点からも、水原氏の主張が虚偽であることは容易に想像がつく。

 残る疑問は、なぜ、水原氏が管理しているはずがない大谷選手の口座のIDとパスワードを知っていたかである。ここは想像でしかないが、大谷選手は全面的に信頼し、マネージャー的立場にある水原氏に海外送金を頼んだことがあるのではないかと考えられる。

 日本の銀行口座から海外の口座への送金は非常に手間がかかる。現代は海外送金がテロ支援に使われたり、マネーロンダリングに使われたりするため、海外送金そのものに厳しい規制がかかっている。筆者も海外に送金した経験がある。微々たる金額であるにもかかわらず、必要な情報等が不足していたこともあり何日もかけて何度も銀行の当事者と話をしながら進めていかなければならなかった。

 特にテロ支援に厳しい米国では難しい問題が数多くあり、大谷選手が米国の口座から海外(日本を含む)へ送金するために米国の銀行員と難しい話ができるかは疑問。そこでそうした問題に英語はネイティブの水原氏が入っていくことは考えられなくもない。

 実際に大谷選手が昨年末に全国の小学校にグラブを届けており、その総額は18億円にものぼる。その送金を行う際に大谷選手が一から十までこなしたとは考えられない。水原氏が大谷選手の口座にアクセスし、パスワード等を覚えておけば、借金の厳しい取り立てが来た時にその口座から支払うことを止めるのは難しくなる。そうした事情を考慮せずに「大谷選手も怪しい」と叫ぶのは合理性に欠けると考える。

 これは勝手な想像に過ぎない。とはいえ、実際にギャンブル依存症を見てきた人間としては当たらずとも遠からずではないかという感触は持っており、大谷選手は最大の被害者ではないかと感じている。

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