安倍首相「土下座」で慰安婦問題は解決しない

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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-公娼制度の理解から始めよう

性産業、男女での捉え方の違い

「吉原花魁日記–光明に芽ぐむ日」と「春駒日記–吉原花魁の日々」

 ネットは知らない世界を見せてくれる。私はアダルトビデオを見たことはあるが、出演した女性の人生を深く考えたことはなかった。単なる動く「絵」にすぎなかった。

 ところが数年前、Yという当時20歳のAV女優が、自分の引退表明のブログで、苦しみを綴っていた。

 「今だから正直に言いますが あの時はその仕事を選ぶしか私には道はありませんでした。後戻りもできず。その場から逃げることもできず。自分の感情も何かの力でコントロールされているかの様。今だったら絶対選ぶ道ではなかった…でも当時の私はこの先に自分の夢が叶うと錯覚してました。だから自分なりに頑張ったんです。でも、夢は叶わなかった」

 興味を持ち彼女の素性を検索した。以下はネットの噂で、本当かは確認できないが、痛々しいものだ。この女性は、実姉と共演する形でAVに出演。姉は人気アイドルグループの最初のメンバーで、まだこのグループが売れていないときに精神疲労でそこを辞めたという。父は教師。母親が事業に失敗し借金の肩代わりとして姉妹でAVに出演した。「マルチタレントになりたい」と初出演のAVで語っていたそうだ。仮に事実とすれば、少女の夢と金を使って騙すとは、このAVの制作者とマネジメント会社は、恐ろしい人たちだ。

 私は初めて「絵」が実在の女性であると意識した。正直に言えば、私には性風俗に従事する女性に対する軽蔑や無関心があった。彼女のブログで、私は男性視点で、性産業と女性の関係をとらえていたと認識し、一面的な見方をした自分を反省した。

 このエピソードが、なぜ心にぐさりと来たのか。騒ぎになっている「いわゆる従軍慰安婦問題」の参考に、戦前の公娼制度の実態を知ろうと『吉原花魁日記–光明に芽ぐむ日』、『春駒日記–吉原花魁の日々』(朝日文庫)という本を読んだからだ。

男の天国、女郎の地獄-公娼制度の現実

 東京台東区にあった吉原遊郭を題材とした落語や時代小説は数多くある。女郎、花魁(やや高級な女郎)と呼ばれた売春婦たちが、そこで男性に奉仕した。吉原は江戸から東京まで、社交場、服や文学など文化を生む場所、男性の性欲の発散場、そして産業としての役割を持っていた。

 ところがこうした歴史書、現代の文章からは、女性の視点が抜け落ち、本当の姿は伝わってこない。この本によれば、女性が事実上奴隷として酷使されていた。私は衝撃を受けた。

 作者は森光子というが、おそらく仮名だろう。大正13年(1924年)に19歳で群馬県高崎から吉原に売られた。そして2年後に逃げ出し、社会活動家・歌人の柳原白蓮と、夫で弁護士の宮崎竜介のところに飛び込んで助けられた。この人たちの支援で借金を返し、役人と結婚するが、それがばれて夫は職を失う。その後の経歴は知られていない。彼女が、幸せで静かな後半生を送ったことを願う。

 光子の吉原への身売り代は1350円だ。当時の米1俵(60キロ)卸価格10円50銭、今の米価60キロ小売価格(新潟県産こしひかり)の価格平均3万円を比べると、物価水準は約2860倍になる。粗い計算だが、現在価値で約380万円にすぎない。家に入ったのはそのうち800円で、仲介者(女衒・ぜげん)に手数料を含め4割以上を抜かれた。彼女は飲食店の奉公人と信じて、父が死亡した後の家族を助けるためと思い身売りに応じた。

 彼女の生活は凄惨だ。客は1日数人から、多い時で10人以上。売春の料金は男と接する時間、休日などでさまざまだが、飲食費も含め、3円から10円程度だった。今の感覚からすると数万円程度の代金だ。今の風俗の相場は知らないが、かなり安い感じがする。

 借金は6年の契約分だったのに飲食費、服の代金で天引きされる。収入の7割5分が雇い主に渡った。彼女の稼ぎは月に300円程度で、手元に残るのは30円程度だが、そこから必要経費や病院代などが次々引かれ、これが40円前後にもなる。追借りすることになり、一向に借金は返せなかった。

いつの時代も弱い女性が虐げられる

 本によれば、女性の中でも社会的に弱い立場の人が遊郭に放り込まれた。彼女の楼の女郎13人のうち、両親のある者4人、両親のない者7人、父子もしくは母子家庭が2人。両親はあっても1人は病的なまでの大酒飲み、1人は目が不自由で、どの家庭も収入は少なかった。原因は家のため10人、男のため2人、前身は料理店奉公6人、女工3人だった。自分で覚悟してその仕事になった人が大半で、騙されて身を落とす人はまれだったようだ。

 女郎はさまざまな事情で学校を卒業できない、もしくは通えなかった女性が多かった。しかし光子は聡明な女性で、文章は現代の女性が話しているような感じだ。彼女はマンドリンをたしなみ、本を買い、石川啄木の叙情詩や客から手に入れた雑誌を大切に読む文学好きの女性だ。

 吉原を記した男視点の記録には出てこないが、彼女の文章から見えるのは売春への苦痛、嫌悪感だ。売春を強要されショックを受けて自殺を考えた後で、彼女は日記を記すことで生き抜く力を得る。アウシュビッツ強制収容所から生還したユダヤ人精神科医にピーター・フランクル氏という人がいる。彼は著書『夜と霧』で、日常の中に生きる意味を探し、それに集中して精神の崩壊を乗り越えたと記す。それを思い出すが、光子も書くことが生きる糧になり、精神の崩壊を食い止める。

 「自分の仕事をなしうるのは、自分を殺すところより生まれる。わたしは再生した。花魁春駒として、楼主と、婆と、男に接しよう。何年後において、春駒が、どんな形によって、それらの人に復讐を企てるか。復讐の第一歩として、人知れず日記を書こう。それは、今の慰めの唯一であるとともに、また彼らへの復讐の宣言である。わたしの友の、師の、神の、日記よ、わたしは、あなたと清く高く生きよう」

 「牢屋とちっとも変わりはない。鎖がついていないだけ。本も隠れて読む。親兄弟の命日でも休むことも出来ない。立派な着物を着たって、ちっともうれしくなんかない…。みな同じ人間に生まれながら、こんな生活を続けるよりは、死んだほうがどれくらい幸福だか。ほんとに世の中の敗残者。死ぬよりほかに道はないのか…。いったい私は、どうなっていくのか、どうすればよいのだ」

 20歳前後の女性がこのような言葉を書くのは痛々しい。

 彼女が身の危険を犯してまで逃げ出したきっかけは、将来への恐怖だった。彼女は子宮を傷めても、客を取り続けさせられる。抗生物質のない時代に、細菌感染による性病で、多くの花魁が苦しみながら死んだ。彼女は汚い病院で、女性たちの惨状を恐怖感を込め描写している。

 「東京の下層社会」(紀田順一郎、筑摩書房)によると、大正末期から昭和初期の全国の公娼(吉原など登録で政府の規制下にある場所)は5万人、酌婦・私娼は10万人という。当時の人口は6000万人ぐらいだが、全人口に比べるととても少ない。そのころ女性の権利は制限され、働く場も女工ぐらいしかなかった。そして日本政府は公式見解として「本人たちの契約によるもの」と繰り返したという。

 冒頭で私を材料に現代の男性の不幸な女性への無関心を示したが、当時の多くの男性に取っても性産業に従事する女性の姿は他人事、もしくは利用対象にすぎなかった。不正義があっても「気の毒だねえ」という程度の関心で終わっていたようだ。

私たちにできること―「事実を受け止め、被害者を尊重し、現代に活かす」

 今の日本と韓国で、80年前の「いわゆる従軍慰安婦問題」が騒がれている。この7月には、韓国では、ある私立植物園で、土下座する安倍晋三首相を模した像を置くことが問題になった。韓国は国を挙げて嘘の歴史を拡散し、日本人を挑発している。大変不快な行為だ。

彫刻を伝える韓国の連合通信

 私は一貫して、この騒動をばかばかしいと考えている。ただし「ばかばかしい」とは、不幸な女性たちを罵る意味ではなく、騒ぎの大きさについてのものだ。過去の日本の公娼制度は、女性の人権が無視された当時の慣習、制度の中で生まれた。その状況の中で、「いわゆる慰安婦問題」が起きた。こうした過去の不幸な出来事に、今を生きる私たちは責任を取る必要は、まったくない。しかし一連の騒動を批判することと、苦しんだ女性たちを悼むことは、まったく別の話である。

 この騒動では、騒ぎを元に利益を得ようとしているとしか思えない参議院議員の福島瑞穂氏のような日韓の政治活動家、誤報を垂れ流して責任を取らない朝日新聞などのメディア、そして話を混乱させ日本を攻撃する韓国政府、毅然とした態度を示さない日本政府に対しての怒りを感じている。

 そして内外の騒ぐ人の姿を観察すると、当時の公娼制度の中で売春に従事した人たちの不幸を悲しみ、悼む気持ちがまったく見えない。自分のために、不幸な女性たちを利用し、日本への攻撃や自己の利益などに使っている。それは冒頭に記した少女を利用したA V製作者や、少女の生き血を啜って金を儲けた過去の女衒たちと何も変わらない。

 一方で「商行為」と矮小化し、問題を罵倒する批判者もいる。侮日行為への怒りや正義感は分からなくもない。そして、嘘をついている「自称」韓国人慰安婦はたくさんいるようで、そうした問題は指摘しなければならない。しかし状況を理解しないまま罵倒することは、苦しんだ女性たちへの冒涜に思える。

 従軍慰安婦の約8割以上を占めたとされる日本人慰安婦は、30年前のこの騒動が始まったころから、まったく名乗り出ていない。そのまま大半が年齢的に亡くなりつつあるのだろう。騒動のばかばかしさや政治利用を感じ取り、距離を置いているのだろう。それはこの問題が、公娼制度の中で売春を体験した女性に与えた傷の深さを物語るのかもしれない。

 従軍慰安婦問題、またそれを産んだ過去の日本の公娼制度、そして不本意に性産業に従事する現代に続く女性の苦しみに、私たちそれぞれがどのように向き合うかは自由だ。けれども、それを語る時は事実に基づき、浮ついた気持ち、また「政治利用」などの邪念を持って向き合ってはいけないと思う。「慰安婦問題」で、嘘や政治利用ばかりが目立つ、今の姿は残念だ。過去の正確な事実を知れば、私たちは女性たちの苦しみを考え、厳粛な態度で問題に向き合わざるをえないはずだ。

 そして、今やるべきことは、問題に対して、大きな責任がない安倍首相を土下座させることではない。性をめぐり女性が被害を受けかねない社会状況は今でも残る。90年前の光子のように、今も韓国をはじめ、どの国でも少女が同じ苦しみを経験しているはずだ。冒頭の元A V女優は、現代日本で私たちと同じ時間と場を共有している。

 公娼制度、そして慰安婦問題を現代に考える場合にするべきことは、「過ちを繰り返さず、女性たちが幸せを追求できる社会をつくる」という、未来に向けた前向きな取り組みではないだろうか。

 事実の確認と、苦しんだ女性の尊重、そして過去ではなく未来に向けた行為に変えることから、こじれた「いわゆる慰安婦問題」の解決への第一歩が始まると、私は思う。そして、その方向転換の責任の大半は、これまでこの問題を自分のために利用し混乱させた、恥ずべき人たちにあるだろう。こうした活動家たちは、誠実な提言にも、決して耳を傾けないだろうが。

石井孝明 ジャーナリスト

ツイッター:@ishiitakaaki

3 thoughts on “安倍首相「土下座」で慰安婦問題は解決しない

  1. アバター 野崎 より:

    おはようございます。

    不本意にAVに出演し傷ついた女性の例を凡てのAV女優に敷衍することは間違いでしょう。

    問題とされている大正末期から昭和初期の公娼制度と慰安婦問題と何の関係あるのでしょうか?

    >一方で「商行為」と矮小化し、問題を罵倒する批判者もいる。

    矮小化ではないでしょう、問題とされている大正末期から昭和初期の娼婦達の様な、外出の自由も無い性奴隷であった、それどころか拉致、強制連行され娼婦にされた、との国際的プロパガンダに対し、

    いや自由意志による営利売春だった、との主張、反論でしょう。それも時には兵隊の給与を上回る利得を得ていたと。(外出の自由に関してはTV討論で、通常の会社でも就業時間に外出は出来たと、性奴隷主張に反論している番組を見た記憶があります。)反論せざるを得ないでしょう。

    ソースは明確ではありませんが米国の研究でもスレイブではない、利益を得る売春婦であったとの評価が出ていた、別の調査では兵隊達とピクニックに出かけたり結婚した事例も上げていたと記憶しています。

    未読ですが韓国人による帝国の慰安婦、反日種族主義においても同じ評価でしょう。

    春婦伝という映画があります。英訳され海外公開もされた。

    1950年版と1965年版、二部昨あり評価は色々ですが、慰安婦が光子の様な状態の娼婦ではなく、それなりの自由があり兵隊との恋愛も可能だったことが読み取れます、その実態が在っての映画化でしょう。

     >冒頭で私を材料に現代の男性の不幸な女性への無関心を示したが、当時の多くの男性に取っても性産業に従事する女性の姿は他人事、もしくは利用対象にすぎなかった。不正義があっても「気の毒だねえ」という程度の関心で終わっていたようだ。

    苦界という言葉があります、調べると、遊女のつらい境遇。公界(くがい)。「苦界に身を沈める という意味が出てきます。

    江戸時代から、そして御指摘の当時のあの世界が地獄だ、という認識は確立していたということでしょう。

    それと同情とは別であり娼婦のみならず他者の不幸に大多数が無関心なことは世の常であり、人情一枚、紙より薄いでしょう。

    慰安婦問題とは、国内左翼が火をつけ韓国等が呼応した、虚構にもとづく反日プロパガンダであり、
    靖国参拝と同じく、格別問題ではなかったことを問題化させた、これは南京大虐殺と同じく、その意味では解決などはないでしょう。

    おっしゃっていることは問題化させた勢力が大歓迎する主張だと思います。

    彼らは女性問題を利用しているのであり、女性の人権など全く問題にしていないといって過言ではないと思っています。

    彼らは日本人慰安婦のことはまったく問題にしない、しない理由は自らの馬脚をあらわすことでもあるからと考えます。

    AV業界において強引な勧誘、罠にはめるかのような事が行われていると問題化しようとした動きがありましたが業界からも反論があり、その後動きは消えた、、

    来日外国人による売春に対し日本では人身売買が行われていると国際的に問題化しようとした動きもあrました、実態とは異なりこれも消えたということだと考えます。

    何とか性の売買、女性の人権において日本を貶めようとする画策が存在したということだと思います。

    伊藤詩織氏の問題も広義にその一つと考えます。

  2. アバター 野崎 より:

    女性の人権問題は確かにあります、しかし、
    人生が一筋縄ではいかない、この世が一次方程式ではとけない深淵があります。
    これを踏まえぬ限り社会における性の問題は無くならない、いや永遠に無くならないとも言える。

    >冒頭で私を材料に現代の男性の不幸な女性への無関心を示したが、

    現代の男性の多くは、古い表現ですがドライな目をもってAV女優達や風俗で働く女性達を見ているのでは、

    賀川豊彦を御存知でしょうか?

    ウィキから以下。
    大正・昭和期のキリスト教社会運動家、社会改良家。戦前日本の労働運動、農民運動、無産政党運動、生活協同組合運動、協同組合保険(共済)運動において、重要な役割を担った人物。日本農民組合創設者。「イエス団」創始者。キリスト教における博愛の精神を実践した「貧民街の聖者」として日本以上に世界的な知名度が高く、戦前は、現代の「三大聖人」として「カガワ、ガンジー、シュヴァイツァー」と称された[1]。茅ヶ崎の平和学園の創始者である。

    更に以下。

    賀川は『女性賛美と母性崇拝』(豊文書院、1937年)を著すなど、早くから女性の地位向上を説いていたが、売買春等には、宗教家としての倫理観から厳しい見方もしている。連合国軍占領下の日本において米兵による婦女子の強姦事件が多発していた頃、『婦人公論』1947年8月号で「闇の女に堕ちる女性は、多くの欠陥を持っている」とし、パンパンについては「わざと悪に接近」するような悪魔的なところがあり、「一種の変成社会における精神分裂病患者である」と指摘した[17]
    ここまで、引用。

  3. アバター 野崎 より:

    まっとうに働く事を避け女性であることを売る、それがより高収益を得られる可能性に賭けて、その様な女性が多数存在する、というより女性という性そのものにある問題、、

    本番ありのAVに出演しタレントとなった故飯島愛氏は金に釣られAVに出たと自ら吐露、貧困からではない、壇蜜氏もしかり、そのことをNHKの番組で喜々として語っていた、ある種のサクセスストリーでもあるかのような、
    現役女子大生であった黒木香氏も経済的理由からではない。

    ソープ嬢達の情報交換サイト、ラブ、ボニータがあります。
    何年かぶりで閲覧してみました。

    釣り、ヤラセ、男のなりすまし、虚偽、玉石混合というか、入り混じった情報ですが、彼女たちが普通に働くことよりも高収入を目的としてこの世界に自らの意志で入ったということが解ります。

    ●カテゴリー 心の問題から

    質問 皆さん、生きていて楽しいことはなんですか?
    これを質問したソープ嬢に対して、他のソープ嬢から以下のコメントが。
    ⇓⇓⇓

    >贅沢してる時かなあ
    昼職時代は連休なんてほぼないような生活してたんだけど、今は自由に休み取れるし、生休なんて1週間もお休み

    旅行行ってもいいし、好きな映画1日観ててもいい
    お金も潤沢にあって、時間も自由に使えるって最高すぎる

    仕事は真面目にやってれば普通じゃありえない額稼げて、
    いくら使っても月に150万は残る、もちろん全額貯金
    努力がある程度は報われるし、給料に直結する仕事
    気持ち的に余裕があるのが大きい

    昼職時代はほぼ死んだように生活してた
    今はわりと楽しい

    そしてもう一つ別なソープ嬢からは、
    >真面目な人は風俗しません。

    これはヤラセ、男の成りすましかはわかりませんが、女性達が自己の生き方を自嘲するコメントは結構多くみられます。

    私は公娼制度の復活を主張したことがあります。
    その理由は、少なくとも性というもの、その問題を抱え生きる男と女、この社会にある価値観が生まれればとの思いからです。

    くだいていえば、プロとアマの線引きを明確にし、女性の意識改革がなされ、プロを利用する男の社会的評価、位置づけがなされること、、
    その意味で、NHKが壇蜜氏を起用するようなことを容認する、そんな社会が変われば、と思っています。

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