福島を情報汚染し逃げ去ったメディアの罪

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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◆事故10年、復興進む福島

整備され2020年3月に再開業した常磐線富岡駅(撮影・石井孝明)

 福島第一原発事故からまもなく10年になろうとしている。私は東京在住だが、福島の原発周辺の地域を15回ほど訪問した。取材、ボランティア活動などのためだ。また12月26日に訪問できた。訪問は2年ぶりだ。

 被災地のあちこちにあった、除染のゴミを入れた黒いフレコンバックの山が消えた。2018年から稼働した中間貯蔵施設に運ばれたためだ。補償が行き届き家は建て直され、新築の公共建造物が目立った。

ゴミが清掃された農地(撮影・石井孝明)

 国道6号線沿いから見られた廃墟は消え、立ち入りが規制される地域も少なくなっている。農業も試験的に始まった。避難した人の帰還は少ないという問題はあるが、復興は着実に進んでいる。

 ところが、東京のメディアでは前向きの話はなかなか出てこない。もし新聞やテレビしか見ていなかったら、福島はまだ人が住めない、廃墟だらけと思ってしまうだろう。

 既存メディアは福島のネガティブな情報を誇張、嘘をついて流し、原子力発電、原子力産業を批判し、そして去っていった。放射能ではなく「情報汚染」の当事者になった。住んでいる人や地域社会のことを、どのように考えているのだろうか。福島の人々も、地域も、メディアのおもちゃではないのだ。非常に不快である。まもなく事故から10年を迎える前に、福島事故をめぐる異様な報道を思い出してみよう。

◆鼻血、遺伝デマを伝える朝日新聞「プロメテウスの罠」

 誤報、デマは大量にあったが、その中で朝日新聞が2011年10月から2016年3月まで連載した「プロメテウスの罠」という特集を取り上げてみたい。

プロメテウスの罠。他人の自殺という悲劇と絡め、センセーショナルな見出しは彼らが軽蔑する「週刊誌化」「ネットメディア化」している

 なぜ扱うのか。この連載は2012年の新聞協会賞を受賞した。これは新聞各社の相互投票によって選ばれる内輪の賞だが、その人たちは名誉と思うらしい。衰退する新聞業界が「私たちはデマを称えます」と言っているような、異常な評価だ。そして、この取材に参加した記者たち(特別報道部)の一部は、事故で福島第一原発の東電社員が逃げ出したと政府報告書調書に書かれていると記事を出した。これは、のちに朝日新聞が誤報として謝罪し木村伊量社長が辞任する騒動になった。

 この連載のひどさを見ると、今のメディアの問題が浮かび上がる。

 具体例を示してみよう。「福島事故の放射能で鼻血」「被ばくすると慢性的にだるさが訪れる」。このような科学的に確認されていないデマ情報をプロメテウスの罠は早い段階から報じた。

「東京都町田市の主婦の6歳の長男が4カ月の間に鼻血が10回以上出た」。

 この母親に、原爆に被ばくした共産党の活動家(この事実はずるいことに記事に書いていない)である肥田俊太郎医師が語りかける。「広島でも同じことがあった」。記事中に「こうした症状が原発事故と関係があるかどうかは不明だ」と逃げの文章を入れるが、読み手に不安を抱かせる記事だ。(2011年12月2日付け)

 これは一例だが、他の内容もひどい。電子書籍化された、プロメテウスの罠の1と2から記事の題名に私のコメントをつけて、見出しを採録してみる。

★「私死んじゃうの」(避難する9歳の女の子のコメント。恐怖を煽る。)

★「『箝口令』とよぶ文章」(いくつかの医学会が会員に慎重なコメントを要請したことを「箝口令」と表現。しかし福島事故で健康被害はないとした大量の科学研究を、記事は伝えない)

★「広島・長崎の悲劇が繰りかえされる」(遺伝リスクがある懸念を記事で強調した。ところが、両都市の原爆被災者に遺伝リスクはないという良い情報は伝えない)

★「チェルノブイリ、今も続く甲状腺異常」(この事故直後に被害はあった。しかし福島と同じような低線量被ばくでは健康被害は観察されていない。それを伝えない。日本のおかしな反原発派と協力しトンデモ情報を拡散するウクライナの医師パンダジェフスキー氏が登場し、解説した)

★「放射能を体から抜く」(医学的根拠のない民間療法を紹介。これは健康被害を生みかねない)

 いずれもセンセーショナルであり、放射能と原発の知識がある人にとっては、異様な話題ばかりを連ねている。ただし、さすが朝日新聞だ。いろいろなネタを仕入れてくるし、おもしろくまとめている。さらに「可能性がある」と逃げの文章を入れ、意図的な嘘はつかない。印象操作だけを繰り返す。

 この連載は4年も続いた。前述の誤報騒動のあと、ようやく連載は打ち切りになったが、こうしたデマを流し続けた。

◆社会を破壊した放射能デマ-責任追及をしよう

 福島と日本で原発事故の放射能による健康被害は10年近く経過して、全く報告されていない。プロメテウスの罠が流した健康・医療をめぐる情報の多くは嘘だったのだ。そして、そのデマと評価してよい情報は今も是正されていない。

 SNSツイッターは個人で記者の本音が見える。今でもこの異様な連載に参加したことを自慢する朝日新聞記者らが数人いる。上から目線で、社会からズレ、事実を確認せず政府批判ばかりしている。特別報道部デスクだったS氏(この連載に関わり、前述の誤報問題の中心だったと、ある朝日新聞記者から聞いた)は、社内で閑職につき、朝から晩まで政府批判の書き込みをして、ネットで笑い者になっている。そういう変な記者らがこの連載に関わっていた。そして彼らはデマ連載について、全く反省していない。

 デマの拡散によって、何が起こったか。一番の問題は、社会の「判断の物差し」が壊れてしまったことにあると思う。風評被害という奇妙な動きのきっかけになった。そして科学の物差しが社会に適用されず、人々が拠り所とする基準があいまいになった。その結果、人々の行動が、合理性に基づかず、政策がゆがみ、社会が混乱した。

 誤った情報は、人々を苦しめ、問題を複雑にする。情報伝達における誤報、思い込み、煽り報道は状況を混乱させる。そうした混乱を発生させた後に訂正しても遅い。そもそも福島報道で多くのメディアは訂正・検証記事を出していない。

 福島事故の混乱で第一義的に批判されるべきは事故を起こした政府・東電である。しかし不必要な二次災害と言える混乱を引き起こした責任の一部は、デマ情報の拡散者が負うべきだ。もちろん福島事故で広がった恐怖、風評被害はメディアだけによるものではない。人間の心理的バイアスなど複雑な理由によってもそれは広がり、なかなか是正できない状況になっている。しかし、きっかけの一つをメディアが作り出したのは、大変な問題である。

 そしてプロメテウスの罠の執筆者たちは自分たちの行動の責任を取ることはない。また朝日新聞だけではなくデマを拡散したメディア関係者たちは、まだ報道を続けている。これはおかしい。そんな資格はないだろう。

 また現代は誰でもメディアの時代だ。どのような意図があったかはさまざまだろうが、デマを拡散した人は、健康被害が起きていないという事実を直視し、反省をしてほしい。

◆報道のプロとしての責任の重さ

 国の危機であった東日本大震災、そして福島第一原発事故の際に、誤った情報を流した人は、反省をしなければならない。そしてそれを行わない限り、福島復興、放射性物質の安全管理、エネルギー政策などの諸問題に、口を出す資格はない。特に報道のプロの責任は重い。訂正などがない限り発言を許すべきではない。新型コロナウイルス問題など、科学と社会の関わる問題は繰り返し起きる。福島でデマを流したメディアが、別の問題でもデマや誤報を拡散して社会を混乱させる例は多い。反省しない人々が同じ失敗を繰り返している。

 私は、法に基づかない私闘、私的制裁は好ましいことと思わない。正義を振りかざすことは危ないし、社会の混乱を生むからだ。しかし今回に限っては、デマ拡散者の責任を合法的に追及し続けるべきであると思う。「呪い」をかけた人が自らの誤りを認める、もしくは社会的な制裁を受ければ、それに反応した多くの人が目を覚ますきっかけになる。

 デマを流した人に過去の発言を突きつけ、「なぜしたのか」と、責任を問うべきだ。このプロメテウスの罠をはじめ朝日新聞、既存メディアの一部の報道のおかしさと責任追及を続けるべきだ。

"福島を情報汚染し逃げ去ったメディアの罪"に1件のコメントがあります。

  1. 新田 永子 より:

    記事内容に大いに賛同して拡散します。

    「野良犬の値段」で大手メディアを向こうに回す姿勢を示したH氏同様に、よくぞ書いて下さった!と感謝しています。

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