免職教師の叫び(13)オコタンペ湖の謎

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 写真家の石田郁子氏が中学・高校時代に交際と思い込んで教師である鈴木浩氏(仮名)に性的に暴行されていたとする事件で、唯一の物証と言えるのがツーショット写真である。2人が交際していたことの証明とする石田氏に対して、鈴木氏は2人で撮影されたものではないとし、その主張は真っ向から対立している。果たして、この写真はいつ、どのように撮影されたのかを検証する。

■北海道三大秘湖オコタンペ湖

フジテレビで紹介された写真①と写真②

  問題の写真(写真①)は、石田郁子氏がフジテレビの取材に対して提供したもので、高校3年生(1995年)の頃のものとしている(参照:連載第6回疑惑の交際写真)。座って微笑む石田氏の横で中腰のポーズの鈴木氏という不自然な構図になっているのは、セルフタイマーを使用して撮影した際に、座るのが間に合わずにシャッターが切られたミスショットを石田氏が保有していたのではないかという推理を行った(参照:連載第7回中腰ポーズの謎)。

 もっとも、石田氏が高校3年生の時は、石田氏の方から「受験のために会わない」と申し出たとされており、実際に1年近く2人は会っていない。写真が1995年(季節は服装からして夏であるのは間違いない)に撮影されたものでないことは明らか。石田氏の風貌から1994年以前は考えにくく、実際は1996年以降と推理される(参照:連載第6回疑惑の交際写真)。

写真③は鈴木浩氏(仮名)提供、写真④は「だぶるくれーどる」から

 まず、撮影場所を特定する作業から始めよう。実は昨年9月30日にフジテレビではこの問題をニュースで扱っており、その際に、この写真と同 一のものと思われるショットを公開している(写真②)。石田氏の後ろの看板の上部に「オコタ」という文字が見えるが、これは「オコタンペ湖」と書かれた一部である。

 オコタンペ湖とは、支笏湖の北西7kmにある小さな淡水湖で北海道三大秘湖の1つ。周囲を原生林に覆われ、湖全体が特別指定保護区で、一般の立ち入りが禁じられている。

 写真が撮影された場所はオコタンペ湖を見下ろすことができる展望台である(現在は展望台の駐車場、写真③)。

 写真①、②と同じ看板はネット上にも残されている。「だぶるくれーどる」という個人のサイトで、1984年8月27日に撮影したとされるショットが掲載されている(写真④)。

■2001年の工事で撤去された柵と看板

写真⑤現在のオコタンペ湖展望台。石田氏撮影時から場所が20mほど移動している(提供・鈴木浩氏=仮名)

 この看板から、ある程度の年代の特定が可能である。看板にある「苫小牧営林署」は1999年3月1日に胆振(いぶり)東部森林管理署苫小牧事務所へと組織変更され、2001年8月1日に同事務所は廃止となった。旧苫小牧営林署が管轄していた区域は、現在、胆振東部森林管理署の管轄を離れ、石狩森林管理署の管轄となっている。胆振東部森林管理署に聞くと「苫小牧営林署から組織変更された後に、看板等を掛け替えていった」とのことである。

 この看板と石田氏の背後に見える柵の関係から、この写真が撮影された時期は2000年以前とほぼ断定できる。

2001年の工事記録。柵の撤去が明記されている

 オコタンペ湖の展望台は道道78号沿いにあり、管理しているのは北海道である。北海道総務部行政局文書課行政情報センターに展望台の柵の工事の実績について情報公開制度に基づき情報開示請求を行ったたところ、北海道空知総合振興局札幌建設管理部建設行政室建設行政課から情報開示が行われた。

 それによると2001年3月16日から8月30日までの間に地面の舗装や、柵と看板の建て替えを含む工事を行なっていることが明らかになった。工事名は「恵庭岳公園線外局改(一般局改)(道債)工事」である。工事を請け負ったのは恵庭市に本社を置くA社。

 この工事の内訳も開示され、この時の工事で展望台の看板及び防護柵が撤去され、新たに看板と防護策が設置されていることが分かった。2001年の工事で、既に消滅した「苫小牧営林署」の名称が残るはずがなく、写真①、写真②で石田氏のバックに見える「苫小牧営林署」の看板は遅くとも2001年までに撤去されたのは間違いない。実際、ネット上に残っている写真では2005年に撮影された看板に「胆振東部森林管理署」と記載されているのを確認できる(北海道のいいとこ撮り オコタンペ湖2005年9月)。なお、2021年現在は石狩森林管理署の名称が記載されている。

 また、撤去された柵は「木製・擬木製ビーム」と「木製・擬木製支柱」と明記されている。「ビーム」とは横棒のことである。つまり、木か、木のように見える合成樹脂製の横棒と支柱を撤去したというのである。

 この点、A社に写真①と写真②を見てもらったところ、20年前に工事をした担当者は在籍していないようであったが、同様の工事に詳しい社員は以下のように語った。

 「写真の柵は、仮に設置された鉄パイプのようなものではありません。メーカーまでは分かりませんが、柵として売っている既製品だと思います。おっしゃるような状況であれば、2001年の工事の際に撤去した柵である可能性は高いでしょう。このタイプの柵の横棒をビームと呼びますから、そう記載すると思います。」

 1984年撮影の写真④は横棒がないタイプの柵であり、これを撤去した場合には「ビーム」という言葉は使わないということである。つまり、1984年当時の柵は撤去され、その後、石田氏の写真にある木製・擬木製ビームのあるタイプの柵に変更。2001年に写真③、⑤のような現在と同じ木製の柵になったというのが大まかな流れである。

■最も可能性が高いのは1997年だが…

 写真①、②は石田氏が半袖の軽装であることから、北海道の夏、つまり7月か8月であることは間違いない。当該工事は3月16日から8月30日まで行われたにもかかわらず、7月頃と思われる時期に地面の舗装工事も行われておらず、看板も柵も撤去されていない、全く工事の様子がないことを思うと、2001年ではないと思われる。

 このような工事が行われたことを考えると、この写真は石田氏が1995年頃としていることを考慮すると、1995年~2000年の6年間のどこかで撮影されたのは間違いない。

 このうち、石田氏が言う1995年は、前述したように石田氏が高校3年で受験を控えていたことから、半年以上会わなかったとされる期間。鈴木氏によれば、もともと石田氏の中学・高校時代には交際と言えるような関係にはなく、ファミリーレストランで話をするだけであり2人で遠出することなどなかったことは既に紹介してきた(参照:連載第1回「ワイセツ教員じゃない」ほか)。

 鈴木氏の話も含めて考えると、写真が真正であれば撮影時期として最も可能性が高いのは1997年夏。石田氏は1997年7月には別れたとしているが、鈴木氏は1997年6月か7月から交際を始めたとしており、その期間に交際していたことについては、共通の友人である松永なおみ氏(仮名)が明確に証言している(参照:連載第12回CAN YOU CELEBRATE?)。

 1998年夏の可能性もあるが、その年の夏休みに石田氏は1週間ほど東京に旅行に出かけており、札幌に戻ってから2人の仲は急速に悪化した(参照:連載第2回決意した別れ)。そのように考えると1997年夏に撮影された可能性は高いと考えるのが通常の思考であろう。

■忘れたか、嘘をついたか、行ってないか

 しかし、鈴木氏は1997年にも、1998年にもオコタンペ湖の展望台に行った覚えはないという。行った場所で覚えているのはニセコ(ニセコ町、倶知安町など)、大通公園、北大(ともに札幌市)を挙げる。そうなると、可能性は3つである。

(1)鈴木氏が忘れている

(2)鈴木氏が嘘をついている

(3)少なくとも1997年に行ってない

 24年前に交際していた女性と一緒に行った場所を全て記憶しているかと言われると、確かに忘れている場合もあるかもしれない。しかし、鈴木氏は交際中に行った場所として上述の3箇所は明確に覚えている。

 上記の3箇所は札幌に住む若者にとって典型的なデートスポットなのであろうが、オコタンペ湖は決してそうではない。

 「国立公園で、北海道三大秘湖の1つならデートで行っても不思議はない」と思うかもしれないが、それは富士五湖や諏訪湖など、観光地化された湖を思い浮かべる首都圏の人間の感性であろう。オコタンペ湖の展望台は展望台と呼ぶほど立派なものではなく、道道78号の沿いの歩道が少し広くなった場所と4、5台停めればいっぱいになる程度の狭い駐車場しかない。湖畔は立ち入り禁止で、展望台から湖を見るだけの場所である。

 鬱蒼とした森林と山と湖。手付かずの大自然を楽しめるが、周辺にレストランも土産物屋もなく、直近の施設を調べると4.9km離れた場所に「丸駒温泉旅館」があるのが目につく程度である(じゃらんで検索)。要は全く観光地化されていない場所。売店どころかベンチもトイレすらなく、道の途中にある展望台で若い男女2人が2、3時間過ごせるかと言われると難しい。

 有名な観光地である支笏湖に行ったついでに、7kmほど離れたオコタンペ湖の展望台に寄ることはあり得るが、鈴木氏は2人で支笏湖に行っていないとする。札幌からニセコに行くとして、オコタンペ湖展望台に寄ろうと思えば「100kmほど余計に車を走らせる必要がある」(鈴木氏)ため、それだけ苦労して行けば忘れることはないと思われる。

 以上の点から(1)の鈴木氏が忘れているという可能性は低い。

■虚偽の事実を言うメリットの不存在

 (2)鈴木氏が嘘を言っていると考えられないか。この点につき、鈴木氏に嘘をつくことでどのようなメリットがあるかを考えてみたい。まず、鈴木氏は石田氏との交際の事実を否定していない。石田氏が「交際と思っていたが、実は性的な暴行をされていた」という主張に対して、「交際などしていない」と反論しているのであれば、オコタンペ湖についても「行ってない。写真はフェイクだ」と主張するメリットはある。

 しかし、鈴木氏は1997年~1998年にかけて交際していたのは事実とし、松永なおみ氏という証人までいる。もし、1997年夏に2人でオコタンペ湖に行ったのが事実であれば、それを明らかにすることで、1997年7月には別れたとする石田氏の主張を「あなたは嘘を言っている。1995年ではなく、1997年夏にオコタンペ湖に行ったではないか。嘘を言った上に、あなたは大学2年生、十分に大人だった。交際していたと思い込まされていたなどあり得ない主張だ」と崩すことができる。そうした絶好の機会を逃して「オコタンペ湖に行ったことはない」と嘘をつくメリットなどないのは明らか。

 客観的な状況から、鈴木氏が1997年夏にオコタンペ湖に行ってないと嘘をつくメリットは考えられず、(3)の少なくとも1997年にはオコタンペ湖に行ってないと考えるのが合理的で、1998年も同様である。

■残るは1996・1999・2000年

 このように考えていくと写真撮影の時期として1995年・1997年・1998年の線は消える。残るは1996年・1999年・2000年の3年である。

 石田氏が撮影したのはこの3年のうち、いずれかであると思われる。そして、それはこの写真がフェイクであることの傍証となるのである。

第14回へ続く)

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