”冤罪”元教員の戦い ワイセツ行為してない

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 2021年1月、札幌市で28年前に女子中学生にわいせつな行為をしたとして、1人の男性教員が免職された。処分の取り消しを求め札幌市人事委員会に審査請求をしたが、今年3月7日に棄却裁決が下された。最後の望みは裁判に訴えて処分を取り消すことである。免職されてから2年以上を過ぎ、孤独な戦いは続く。

■メディアの関心もなくなり…

写真はイメージ

 元教員の鈴木浩氏(仮名)が免職された事件は全国ニュースでも流れた。1993年3月、当時15歳だった中学3年の女子生徒を自宅に招いて部屋でキスをするなどし、生徒が高校生になってからもそうした行為が続いたとして免職された。当時の報道を見ると「28年前のわいせつ行為認定、教諭を免職に 札幌市教委」(朝日新聞DIGITAL・2021年1月28日)などの見出しが目につく。 

 ところが、この件では鈴木氏が「そのような事実は全くない」と主張していることはほとんど伝えられていない。免職処分の決定に異議を唱え、札幌市人事委員会に審査請求をしたことは伝えられたが、記事の終わりに申し訳程度に触れるものがほとんどだった。

 免職から2年2か月。事件そのものを覚えている者も少なくなっていると思われる。実際、3月7日付けで棄却裁決がされたのを最初に報じたのが当サイトで、3月12日のことだった(免職教師の叫び(終)棄却裁決 舞台は札幌地裁へ)。当事者が話さない限り表に出ないため、一般のメディアも情報を得る術がなかったものと思われ、地元の北海道新聞が報じたのがその5日後、3月17日付けの朝刊である。

 人々の記憶から消えても、免職された者にも月日は平等に流れる。教員という安定した職を失い、懲戒免職のために退職金もないまま世間に放り出された鈴木氏は、教職とは全く異なる仕事を見つけ教員時代とは比べ物にならないような給与で働き、裁判費用を捻出するために休みの日はアルバイトに精を出す。60歳を目前にして、先行きの見えない日々を過ごしている。

 「何も悪いことをしていない自分が、なぜ、ワイセツ教員の汚名を着せられ、全てを失わなければならないのでしょうか。自分はもちろん、家族の名誉のためにも絶対に処分を取り消させて、生徒たちが待つ教壇に戻る、そのことが唯一の願いです。そのために全力を尽くす、今はその思いだけです」と力を込める。

■弁護士探しの時点で躓く

 2023年3月21日、鈴木氏は東京・新宿にいた。都内に事務所を構える弁護士に依頼するためである。歌舞伎町で庶民料理を食べながら、近況を話し始めた。

 「今日会った先生(弁護士)は、力強かったです。『君は特定の政治勢力に攻撃されて冤罪とされたんだ。このまま君が免職されたままだと、特定勢力が好きなように冤罪を作り出していくようになる。だから君のためにも、社会のためにも負けてはいけない』ですから。」(参照・免職教師の叫び(24)左翼勢力の暗躍

 時折、笑顔を交えてその日会った弁護士との話をする。裁決が出されて以後、電話の声も元気がなかった。審査請求を担当したA弁護士からは高い確率で勝てるという説明を受けていたが、まさかの棄却裁決。メールでのやり取りでも「今は重たい気持ちとして、4年前に訴えられた時、弁護士探しに奔走したときと同じ気分です。」と、すごろくの上がり直前でスタート地点に戻されたような感覚なのかと思わされた。

 A弁護士からは事実上、辞任を申し入れられた。「別の視点から訴訟を進められる弁護士の方がいい」ということであったが、札幌では有名なA弁護士でも勝てなかった案件に手を挙げる法曹は少なかった。

 極めて抽象的な表現をすれば、審査請求は市教委が免職処分をする理由や経緯に違法や不当がなかったか、行政上の視点が重視される。しかし、本来、この事件は被害を受けた女性の言っていることが実際にはなかったので処分される理由などないというのが鈴木氏の言い分であり、裁判ではその点が中心となるのは間違いない。同じように行政上の手続きを問題にして争ったら、おそらくあっという間に審理は終わり、請求棄却が言い渡されるであろう。A弁護士が懸念するのはその点であると思われる。

 「電話をかけてもかけても、良い返事はありません。」「4件ほど電話して良い返事をいただけない状態です。」「17日に会う弁護士も『一応お話は聞きますけど…』みたいな感じです。」鈴木氏から届くメールは今日も失望しました、という内容がほとんどであった。裁判で免職処分の取り消しを求めると意気込んでも、最初の弁護士選びの段階で躓いてしまうのが現実であることを思い知らされる結果となった。

 東京で弁護士を探したらどうかと提案したのは筆者である。この日、鈴木氏が会った弁護士は筆者がある事件で知り合った弁護士を通じて紹介されたという縁で面談が実現した。また、翌22日に面会の約束をもらったのは、筆者の大学院時代の恩師である。

 東京で1人目の弁護士に会った際に、札幌では感じることがなかった積極的な対応だったことが、鈴木氏の表情を明るいものにしていたようである。

■刑事なら不起訴・無罪の案件

石田郁子氏(Brut.画面から)

 この事件の難しさは、両者の意見が完全に対立している点にある。被害を受けたとする女子生徒は、後に本名も顔も出して鈴木氏を追及することになる。カメラマンの石田郁子氏である。

 石田氏は中学・高校時代に鈴木氏からわいせつな行為を受けていたとするが、その内容は出来の悪いAVのようである。

 夏、浜辺に止めた自動車の中で服を脱がされた、一緒に登山して山頂付近で口淫を強要されたなど、にわかには信じ難いシチュエーションの連続(免職教師の叫び(38)もはや茶番「山頂の口淫」)。

 さらに「鈴木浩を免職にしろ」と札幌市教委に要求した時に2人で撮影したとされる写真は、後に合成されたものであることが判明した(免職教師の叫び(19)影なき闇の不在証明)。

 このような石田氏の主張に対して鈴木氏は事実を全て否定し、可能な限りアリバイを示し、石田氏の言うことは事実ではないことを主張してきた。これが刑事事件であれば、石田氏側、つまり検察側が合理的な疑いがない程度に立証できれば有罪になるが、疑わしきは罰せずの原則があるため問題なく無罪判決が下されるであろうし、それ以前に起訴すらされないと思われる。

 ところが、石田氏が訴えたのは損害賠償請求であり、刑事事件とは全く異なる観点で権利の帰趨が判断される。ご存知の方もいるかと思うが、石田氏の訴えそのものは除斥期間(訴え出ることができる期限)を過ぎていたために棄却された。一審(東京地裁)は、石田氏の主張するような事実はなかったとする判断を示したが、控訴審では請求は棄却したものの、石田氏の主張する事実はあったと判断されたのである。

 これに対して石田氏は上告せずに判決を確定させた。鈴木氏は形の上では勝訴しており、判決理由中の判断に不満があっても上告することはできず、鈴木氏が石田氏にワイセツな行為をしていたという高裁の判断が残ってしまった。

 札幌市教委は鈴木氏を2021年1月28日に免職し、それに対して鈴木氏は免職処分を取り消すように審査請求をしたが、2023年3月7日に棄却する裁決が出された。あくまでも免職処分取り消しを求め、最後の戦いとなる司法の場へ、というのが現状である。

 鈴木氏は石田氏が19歳の時に交際を申し込まれ、21歳になった頃まで、およそ1年間、交際している。しかし、交際は長続きせず、鈴木氏の方から関係を終わらせた。このあたりの感情のもつれに加え、判決文でも明らかにされているように石田氏がメンタル面での治療を受けていたことが一連の事実の背景にあると言っていい(免職教師の叫び(11)心の闇)。

■2、3年後に…

弁護士探しを続ける鈴木浩氏(仮名)

  3月22日、鈴木氏は筆者の恩師の弁護士と面談した。筆者も紹介者として同席しており、その内容は明らかにすることはできない。その雰囲気を言うならば、かなり厳しいもので、質問に精一杯答えようとする鈴木氏の姿が印象的であった。

 弁護士としても、虚偽を述べているかもしれない人の依頼を受けることはできないという思いがあったのか、疑念のある部分をストレートにぶつけ、それに対する答えで心証を得ようとしていたものと思われる。横でやり取りを見ていると、まるで取り調べを見ているかのようであった。

 3月31日現在、鈴木氏の弁護士は決まっていない。免職処分の取り消しを求める司法の場に上がる以前の段階で足踏みが続いている。「今回の弁護士選びは、自分の今までの30年間の教員生活、今後の20年間くらいの生き方にかかわってくる大切なことだと思っています。」と切羽詰まった思いをメールに書いてきたのはつい1週間ほど前のことであった。

 しかし、東京での弁護士との面談は、鈴木氏に微かな光を当ててくれたのかもしれない。新宿で会食した後に撮影した写真を送ると、こんな返信があった。

 「夜勤明けで弁護士と打ち合わせて、翌日も弁護士(と)打ち合わせて帰るという強行スケジュールのなか自分の笑顔にびっくりです。松田さんと話せてリラックスしたんですね。2,3年後に『あの時は楽しかった』と言える状況になるように努力します。」

※当サイトでは復職を求める鈴木浩氏の戦いを、これからも追っていきます。

"”冤罪”元教員の戦い ワイセツ行為してない"に2件のコメントがあります

  1. pomme より:

    判決後に辞任を申し出る弁護士もいるようですが、二人三脚から急に抜けて行くような非情さを感じます。依頼人の利益を考えての辞任なのでしょうが、辞めるなら後任を紹介してくれてもいいのにと思ってしまいます。事実、元依頼人は弁護士探しで苦労している。
    「Winny」という映画を観ましたが、弁護士の法廷戦術から”勝つとはこういうことか!”と思いました。
    阿武町誤振込み事件でお金が回収出来たのは、阿武町の弁護士の力量によるものでしょう。凄い弁護士でしたね。正真正銘、”勝つ弁護士”です。
    鈴木さんにもきっと、社会正義を貫く弁護士とのご縁があると思いますよ。

  2. 通りすがり より:

    コラボ界隈の弁護士団、いわゆる通称「セブンナイツ」の面々を見ていると、弁護士という職業そのものに猜疑心を抱かざるを得ない昨今ですが、常識的に考えればそんな遵法精神が極めて希薄で「法律は己に都合よく利用してなんぼ」と言って憚らないような懲戒請求モノの弁護士の方が少数で、誠実に遵法精神を持って仕事をしている弁護士の方が多いはずなんですが…。

    国民に与えられた権利を行使することを「リーガルハラスメント」などと称して恫喝し、国民の口を塞ごうとするような連中ばかりが悪目立ちするせいで業界のイメージが悪くなっています(少なくとも私の感覚では)。

    鈴木氏の立場上としては少々ダーティーな弁護士を使ってでも免職取り消しを勝ち取りたいところであろうとは思いますが、お互いに信頼しあえる誠実な人間と共に戦い抜いて頂きたいと思います。

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